PLEASE PLEASE ME (mono)
プリーズ・プリーズ・ミー
CD:1987年2月26日 CP32-5321

LPモノ
1963年3月22日(イギリス)
1982年1月21日(日本) EAS-70130

LPステレオ
1963年4月26日(イギリス)
1976年6月20日(日本) EAS-80550

収録曲(曲名をクリックすると詳細が表示されます)

 I Saw Her Standing There (McCartney-Lennon)
アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア (2'52")

レコーディング場所
アビイロード・スタジオ

プロデューサー
ジョージ・マーティン

エンジニア
ノーマン・スミス

レコーディング日時
「Love Me Do」「P.S. I Love You」
1962年9月11日

「Please Please Me」「Ask Me Why」
1962年11月26日

その他10曲
1963年2月11日

参加ミュージシャン
ジョージ・マーティン
(Miseryにピアノ)
(Baby It's Youにチェレスタ)
アンディ・ホワイト
(Love Me Do, PS I Love Youにドラム)

アウト・テイク
「Hold Me Tight」
未発表、次回のアルバム
セッションにて再録音された。

Misery (McCartney-Lennon)
ミズリー (1'47")
Anna (Go To Him) (Alexander)
アンナ (2'54")
Chains (Goffin-King)
チェインズ (2'23")
Boys  (Dixon-Farrell)
ボーイズ (2'24")
Ask Me Why (McCartney-Lennon)
アスク・ミー・ホワイ (2'24")
Please Please Me (McCartney-Lennon)
プリーズ・プリーズ・ミー (2'00")
Love Me Do (McCartney-Lennon)
ラヴ・ミー・ドゥ (2'19")
P.S. I Love You (McCartney-Lennon)
P.S.アイ・ラヴ・ユー (2'02")
10 Baby It's You (David-Williams-Bacharach)
ベイビー・イッツ・ユー (2'35")
11 Do You Want To Know A Secret (McCartney-Lennon)
ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット (1'56")
12 A Taste Of Honey (Scott-Marlow)
蜜の味 (2'01")
13 There's A Place (McCartney-Lennon)
ゼアズ・ア・プレイス (1'49")
14 Twist And Shout  (Medley-Russell)
ツイスト・アンド・シャウト (2'33")

アルバム製作に至るまで
 1962年9月4日に行われたレコーディング・セッションにて、プロデューサーのジョージ・マーティンはリンゴのドラムに不安を感じ(リンゴはロールが出来なかった)、セッションドラマーのアンディ・ホワイトを起用して、9月11日に「Love Me Do」「P.S. I Love You」を録音する。 しかし「Love Me Do」9月4日にもリンゴのドラムで録音されており、シングルのA面として使用されている。 このアルバムに収録されたのはアンディのテイクだった。 当初G・マーティンが持ち込んだ「How Do You Do It」をデモ録音したものの、オリジナル曲で勝負したいビートルズの意向を聞き、「これよりいい曲だったら」、と言うものの10月5日にデビューシングル「Love Me Do」を発売。 最高位17位(10万枚・エプスタインが大量に注文した!)と健闘。
 そしてセカンドシングルの録音を11月26日に実施。 
「Please Please Me」を録音。 ジョン曰く「ロイ・オーブソン風だった」というスローな「Please Please Me」だったが、Gマーティンの勧めでアップテンポにした。 その結果、「Please Please Me」(1963年1月11日に発売)は大ヒットとなった。 G・マーティンもスタジオでこれを聞いた時に、「これはいける」と思ったそうで、録音終了後「君たちは初めて1位になる曲を録音したぞ」と褒めたという。 2週連続1位31万枚

アルバム・レコーディング
 
シングルがヒットしたらすかさずアルバム製作というのが当時のイギリス。 シングルを中心に何曲か寄せ集めて録音して出す!が当たり前でしたが、ここでもビートルズにG・マーティンはこだわった! カバー曲はヒット曲のB面だった通好みの曲が多いのは、故郷リバプール(港町)という土地柄もあってか、ポップスよりR&RやR&Bを好む傾向にあり、その中から隠れた名曲を探し出していたビートルズは、よくB面曲をレパートリーにしていた。 どれもオリジナルを上回る演奏をしていると思う。 また、オリジナル曲が14曲中8曲もあったのは当時としては珍しいことだった。 いまでこそ、カバー曲があるほうが珍しいけれど。
 そうした流れで、2月11日にシングル曲を除く10曲が録音された。 
たった1日だ! 午前10時〜午後10時45分。 お昼休みもそっちのけで練習していたためか、後半に録音された「Chains」ではジョージの声はガラガラ声だ。 「Twist And Shout」を最後に録音したのは、これをやるとジョンの喉が終わりまで持たなくなるため(この日のジョンは風邪気味)。 また、2トラックの機材しかなかったのもあるが、演奏しながら歌って録音するといった一発録り方式。 そのため歌詞を間違ってはNGを出すため、レコーディング後半ではN・スミスの「テイク??」という怒鳴り声が響く! そういった緊張感もあったのか「I Saw Her Standing There」では、タイトなノリノリの演奏を聞かせてくれる。 2月10日にピアノとチェレスタをオーバーダビング(ビートルズは不参加)し、2月25日にはミキシングも終わる。

演奏スタイル
 また、当時は○○&●●といった、リードヴォーカルにそのバックバンドという売り方をせず、
ビートルズはビートルズのままを売り出すことに決まっていたので、4人全員がリード・ヴォーカルを担当している。 1曲目はポール、2曲目はジョンとポール、3曲目はジョン、4曲目はジョージ、5曲目はリンゴ、というように、ビートルズのメンバー紹介も兼ねたような曲構成になっており、特に1曲目の「I Saw Her Standing There」では、出だしが「1・2・3・4!」とい掛け声(カウント)から始まる。 これがあると無いではえらい違いだ!! ビートルズのアルバムの歴史はここから始まったのだから。 ゾクっとする気合の入った掛け声だ。 LIVEの雰囲気を盛り込むことが基本方針だったため、あまりオーバーダビングは行われていない。 その分、音に厚みをつけるために、コーラスやハーモニカでがんばっている、初期ビートルズの魅力そのものだ。 中期・後期になると、それらがホーンやストリングスに変わっていくことになる(機材の発達、音楽的成長ってところか)。


アルバム・ジャケット
 「動物園の昆虫館の前で」「EMIスタジオのらせん階段で」などアイデアが出た。 3月5日にアビーロード・スタジオの前で、4人が足を蹴り上げたもの(下記画像?)がデゾ・ホフマンによって撮影されたが、いまいちパッとせず、アンガス・マクビーンにより
EMI本社の階段から見下ろすビートルズを撮影。(1962年12月という資料もあった?)

 当時、ブロマイドのようにきちっとポーズをとったジャケットが多い中、こういったスナップ調のジャケットのインパクトはすごかっただろう。 また、階段がらせん状に上に続くこの構図は、これからのビートルズの成長と成功を思わせる。 ちなみに赤盤表のジャケットとは別ショットである。 おもしろいので並べてみた。
クリックして拡大してみてください。

PLEASE PLEASE MEのジャケットです。赤盤のジャケットです。        

 アルバム「Get Back」(ボツLP)と青盤表との違いはこれです。
「GET BACK」のジャケットです。青盤のジャケットです。

デビュー・アルバム発売
 1963年3月22日にイギリス本土にて発売された(モノラル盤)。 アルバム・タイトルもシングルヒットにあやかって
「Please Please Me」になった。 チャート(もちろんイギリスでの)に関しては日付が資料によって違ったので、CD添付のライナーノーツを参考にします。 4月6日付で第10位、5月4日付で1位になり、11月23日まで連続30週1位(半年)を記録!! この大ヒットアルバムを2位に落としたのは、なんと自身のセカンドアルバム「With The Beatles」だというからなお凄い。 そのセカンドアルバムも1964年4月25日付まで連続1位だったので、丸1年間ビートルズがチャートの1位を独占していたことになる。 おそろしいグループだ。 また、セカンドアルバムにより2位になっても、13週2位に留まり、1964年6月13日付までチャート10位以内にいた。 1年以上チャートの10位以内にいた、大大ヒットだった。
 当時の日本ではアメリカにならっていたため、3枚のアルバムに分けて発売されていた。 イギリスと同じオリジナル・アルバムが同じになるのは
「BEATLES FOR SALE」から。 その3枚の編集盤についても語り始めるときりがないので割愛します。 CDの紹介なので。m(_ _)m

各曲目の解説は、上記「収録曲」表中の曲名をクリック!

クレジットについて
 オリジナル曲のクレジットが
「McCartney-Lennon」になっているところに注目! 有名な「Lennon-McCartney」になるのは4枚目シングル「She Loves You」からです。 ポール曰く「いつものジョンのやり方さ!」。
 連名にしたのには訳がある。 売れた曲には当然製作者にお金が入ります。 そうすると利益を求めて「俺の曲をシングルに、アルバムに!」となり、グループ内に争いごとが起きてしまう。 それを避けるためと、「誰が作ったか?」ではなく、「いい曲か、このアルバムにふさわしい曲か?」で選曲できるようにする目的もあった。 実際に有名な「Yesterday」の製作&録音に、ジョンは関わっていないけれど、
クレジットが「Lennon-McCartney」であるため、ジョンにも著作権料が入ってきていた。 ジョン曰く「よく褒められたもんだ。 あなたの作ったイエスタデイはいい曲ですねってさ」。
 ただ単に、
「Goffin-King」のようなチーム名に憧れていただけ!という説もあるが・・・。 なんとなく分かりましたか???
 そうそう東芝EMIさん、ライナーノーツの曲目リストが
「Lennon-McCartney」になってますよ。 ほかは「McCartney-Lennon」なのに。


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メッセージ


ーーーー余談ーーーー
管理人の想い出
 「レット・イット・ビー」が好きでビートルズを聴くようになり、最初に買ったアルバムも『レット・イット・ビー』でした。ライナーノーツを読んで、やたらと比較していたのが「アビーロード」だったので、2枚目に買ったのは『アビーロード』。 どれも当時の仲の悪さを書いていてショックでした。 ビートルズといえば”仲良し四人組”という印象だったので。 で、仲の悪さに比較して(仲がよいことを)書かれていたのがこのファーストアルバム。 それでこの『PLEASE PLEASE ME』を買いました。 いきなりの「One Two Three Four!!」で度肝を抜かれましたねぇ。 そしてノリノリの「アイ・ソー・ハー〜」、有名な「Please Please Me」「Love Me Do」、とどめに「Twist And Shout」ときたら、もうスカっとしたのなんのようこ。 
 ちなみに「モノラル版」よりも「ステレオ版」のほうのミックスのほうが好きなので、普段は「ステレオ版」のCDを聴いている(「For SALE」までの4枚とも!)。 もちろん海賊盤だよ。 片方だけ聞けばカラオケになる特典付きだしね(爆!)

【Dr.Jinの思い入れ】
ポールのカウントで始まり、ジョンの「こふっ」で終わる。隅から隅までカッコイイです。

【リチャード先生の思い出】
(未投稿)実は当時はカバー曲ってあまり好きではなかったので,割と最後の方に買ったアルバムです。でも1曲目のポールのカウントから最後の曲のジョンのシャウトまでシビれっ放し,いいアルバムじゃないですか。さらに,階段の手すりがあるとついつい見下ろしてしまうのは私だけではないハズ!

【Uchiyの思い出】
(未投稿)