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メルヘンヴェール:第九話 故郷
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「おまえたちっ、何者だ!」
「獣の分際で、恐れ多き王家の品を身につけるとは、なんと下劣な! どこで拾った!」 パアーン! パアーン! 「はぐあ!」 「うげっ」 ルナに頬を強くひっぱたかれた湖の国の城を守る門衛たちは、まるで、その場でダンスを踊っているかのようにクルクルと回ったあと、そのまま倒れて気を失った。 「ホント失礼ですわね。 あなたたちの王子様でしょう」 「はは……」 私たちは、湖の国の城――私の生まれ故郷の門前にいた。 城を見上げる私。 「……」 懐かしい。 私が死して数ヶ月、やっとの思いでここまで来た。 ついに帰ってきたのだ。 しかし、複雑な気持ちだ。 私はもはや王子であって王子ではない。 自分の城に帰ってきて獣扱いされる、この言い知れぬ悔しさ。 あまりの悔しさに歯を食いしばる私……。 「王子様。 気を落とさないでください。 きっと皆わかってくれますよ」 優しく声を掛けてくるルナ。 そうだ。 私がこんな気持ちでいては平和を取り戻すことなどできない。 私は口元をきゅっと結ぶと、ルナに言った。 「大丈夫だよルナ。 ありがとう」 私は、一度周囲を見回した。 目の前に見える湖が日の光を反射してキラキラと輝いている。 ここはまだ魔物共に荒らされてはいないようだな。 「どうしますか? このまま正面から?」 「いや、この様子だと素直に通してくれるとは思えない……用があるのは父上だけだ。 無用な争いは避けたい。 子供のころ城を抜け出すときによく使った秘密の抜け穴が、城の裏側にあるんだ。 そこから入ろう」 「はい」 十数分後、身を潜めるようにして城の中を歩く私たち。 子供の頃はすんなりと通れた秘密の抜け穴だったが、成長した今ではギリギリ通るのがやっとだった。 ルナに至っては大きな胸と尻が引っかかって多少騒ぎになったが、まあなんとか無事に城内へと侵入することができた。 「王子様のお父上様はどちらに?」 「たぶん王室だろう」 首を傾げるルナ。 「玉座ではないのですか?」 苦笑いする私。 「王が玉座に座るのは来客があるときだけだよ。 普段は王室で通常業務をこなしている」 しばらく城内を歩くと、一カ所、他の廊下に敷かれたものとは明らかに質の違うじゅうたんが現れた。 これは玉座と王室を結ぶ廊下だ。 その廊下の陰から顔を出す私とルナ。 「あそこだ」 私たちが見た先にあるのは、木製の大きなドア。 そのドアはピタリと閉じられ、二人のヤリを持った衛兵が立っていた。 「ふむ。 あの衛兵が邪魔だな……」 顔を引っ込める私たち。 「できる限り争いは避けたいし、かといって物でつられるほど間抜けな衛兵でもない。 そうだ、こちらも衛兵に成りすますことができれば――」 私はルナに目をやった。 「ルナ。 彼らが着ているのと同じ鎧を出すことはできないか?」 苦笑いするルナ。 「擬態や物質の創作は黒魔術の領域です。 わたしにはできません」 「そ、そうか」 あの私を殺めた魔法使いができたのだから、ルナにもできるのかと期待したのだが、その正体が黒魔術とあっては仕方ない。 「では、やむを得ないな――君は手前の衛兵を」 「はい」 私たちは一度頷くと、一気に廊下へと飛び出し、私は奥の衛兵に視線を据えたまま突進した。 当然ながら、私たちに気づく衛兵たち。 「な、なに奴!」 さすが父上に選ばれた衛兵だけはある。 突然のことにも関わらず彼は早くもヤリを構え、私に突き刺そうとしていた。 だが、私もヴェールとして伊達に修羅場を潜ってきたわけではない。 彼の動きは手に取るように見えた。 左手に身につけた姫との愛の証であるアルミラの腕輪を構えると、突き刺さんばかりに向かってくるヤリの前に構えた。 間もなく左腕に強い衝撃。 勢いよく突き出されたヤリはアルミラの腕輪の魔力により大きく弾き返され、私は、彼がひるんでいる隙にアキナケスの柄の部分を彼に向けて、鎧の上から腹に押し当てた。 「衝撃弾!」 その瞬間、アキナケスの柄の先から強い衝撃波が飛び出した。 その衝撃により鎧の腹の部分が激しく砕け、更に彼は後方に吹き飛ばされると、廊下の壁に激突してそのまま意識を失った。 殺めることなく相手を倒す接近戦法。 ルナの戦い方を見ていて思いついた新技だ。 一つ息を吐いたところでルナに目をやる。 すると、彼女もまた、既に手前の衛兵を倒していた。 ルナに倒された衛兵は特に外傷もなくただ気絶している。 さすがはルナ、実に優雅だ。 そのとき、目的だった木製のドアが突然ガチャリと音を立てて開いた。 「なにごとだ騒がしい!」 そう言って部屋の中から出てきたのは、髭の男――父上だった。 私と目が合う。 父上と私は互いの目を見つめ合ったまま呆然として固まった。 服装が随分とラフだ。 玉座に座るときは正装するが、それ以外のときは重たいからと全てを脱ぎ捨て、酷いときは王室でパンツ一丁なんてときもある。 今はさすがに上下とも着ているが、その服装は国の民のそれと大差はない。 この姿のまま城下を歩いても、すぐには王とは気付かれないだろう。 ――い、いかん。 そうだ。 なにをボーッとしている。 父上になにか言わなければ。 だが、先に口火を切ったのは父上の方だった。 「おぬし何奴! 出合え出合え!」 「ばか――っ!」 私は咄嗟に飛び出して、父上の口を押さえると、そのまま部屋の中へと転がり込んだ。 そして倒れた父上に覆い被さったまま後ろを振り返る私。 するとルナは、倒した衛兵二人を部屋の中に引きずり込んで、静かにドアを閉めた。 改めて父上に顔を向ける私。 「お静かに父上。 私です。 あなたの息子です」 すると、激しく頭を動かして、口を押さえていた私の手をどかせる父上。 「息子だと? おまえのような魔物がわしの息子などとは、無礼にも程があるぞ! だいたいわしの息子は森の国におる。 それなのにおまえのような醜い魔物が突然現れて息子ですなどと言われて、いったい誰が信じるというのだ」 しばらく睨み合う私たち。 だが、先に目を反らしたのは私の方だった。 目に涙が浮かぶ。 「やはり、このような汚らわしい姿では信じては貰えないのですね」 「……」 ショックが大きすぎる。 姫は判らずとも、さすがに血の繋がった実の父親ならば私を見ても判ってくれるだろうと信じていたのに……やはり、ヤン・トモリの言っていたことは本当だったようだ。 「……重い。 どいてはくれぬかヴェールよ」 私は右腕で涙を拭うと、父上からどいた。 そして、ゆっくりと立ち上がる彼。 そのとき、父上は初めてルナの存在に気づいたらしい。 「そちらは……おぬしは人間なのか。 これはいったいどういう……」 父上の言葉は尻すぼみになっていった。 その彼の変化に目を向ける私。 「いや人間でもない……あなたは神か?」 コクリと頷くルナ。 さすが父上だ。 ルナをひと目見て女神と気づく者は、そうはいないだろう。 できれば、私をひと目見て息子と気づいて欲しかったのだが……かわいそうな私。 「王子様。 お話ししてもよろしいですか?」 私にそう尋ねるルナ。 フェリクスではできる限り彼女に頼らないよう心に決めていたのだが、どこまでいってもルナに頼ってばかりの私がいる。 もはや情けないを通り越して恥ずかしい。 私はルナに小さく頷いた。 それを見ていたルナが一歩前に出る。 「お初にお目に掛かります、湖の国の王よ。 わたしは月の女神ルナ。 世界の果てから王子様と共に旅をしてきました」 「……」 父上が無言で私を見る。 その表情からは、彼が何を考えているのかが全く掴めない。 だが。 「なんという呪わしき運命よ、息子がヴェールになっていただなんて……」 「……え?」 一息ついてから続ける父上。 「おまえをひと目見たときに妙な感じを受けた。 姿は魔物なのに、なぜか息子と同じ空気を感じる。 もちろん顔が似ていたからではない。 だが姿はヴェール……わけがわからず、わしの頭は混乱した」 すると、父上は一度しゃがみ込んで、床に落ちたアキナケスを拾い上げた。 父上から授かった剣だ。 それを持ち上げて眺める彼。 「おまえが息子だということは判っていた。 だが信じたくはなかった。 しかし――」 ルナに顔を向ける父上。 「ルナ殿がついているのであれば、もはや信じる他はない」 そう言うと、父上はアキナケスを私に差し出した。 それを受け取る私。 「しかし父上。 あなたは私が森の国にいると申されたばかり。 それなのに、なぜ私を息子と?」 だが、それに答えたのは、なんとルナだった。 「王子様が森の国に住まうようになってから、この世界に異変が来たしはじめたからですわね?」 ルナに寂しげな視線を向けて頷く父上。 「どうやら、その様子では、何もかもご存知のようですな」 彼は体を反転させ、私たちに背を向けた。 「わしの息子は城の中が平和だからと言って民の幸を考えられぬような輩ではなかった……わしは自分の息子が変わってしまったことが辛かった。 あれが……あの王子がわしの息子でなければ、どれほどわしの心も救われたことかと考えぬ日はなかった」 絞り出すような声で嘆く父上。 よほど苦しかったのであろう。 「父上。 あなたの息子が悪を憎む人間であることは誰よりもご存知の筈です」 私の言葉に、父上が力無く私を見る。 「湖の国の王よ。 彼こそが誠の王子です」 ルナの言葉を最後に、私たちはしばらく沈黙した。 間もなくして、ため息をつく父上。 だが、そのため息に重さは感じられなかった。 彼のため息によって、この部屋の空気が僅かながらに軽くなるのを感じた。 「それはそうと息子よ」 と父上。 「ヴェールはルア殿に仕えねばならぬ使命があるはず。 いくらルナ殿がおまえについていたからといって、よくここまで来ることができたな」 私とルナは、ことの経緯を全て教えた。 すると、予期していた通り、歯を食いしばる父上。 「つまり、森の国におるのは、おまえに成りすました魔法使いなのだな?」 私は頷いた。 「私とルナは、その魔法使いを捉え、フェリクスの平和を取り戻すためここまでやってきたのです。 名目上は大神の命ということになっていますが、この件については私の意志に他なりません」 「そうか……よし。 それでは早速衛兵を集めて」 「お待ち下さい、父上」 言葉を飲む彼。 「兵はいりません」 それを聞いて眉間にしわを作る父上。 「気でも狂ったか王子よ。 いくらおまえとて一人で乗り込むのは愚か者のすることぞ」 ため息をつく私。 「はじめは確かに兵を用意していただくつもりでここに来ました。 ですが父上。 私があなたの息子だと説得するのにも時間を要した……衛兵を用意したところで、この私を見て王子と認める者がいるとお思いですか?」 「ふむ……」 彼は、一つため息をつくと下を向いた。 しばらく間を置き、私は笑顔で言った。 「ご安心下さい父上。 私は一人ではありません」 そう言ってルナに目をやる。 ルナと目が合うと、彼女はニコッと微笑んだ。 「ルナもいます」 それを聞いて、顔を上げる父上。 「ん? おぬしら……そういえば先刻からなにやら良い雰囲気ではないか?」 途端にルナの顔が爆発したように真っ赤になり、慌てて顔を背ける私たち。 そんな私たちの様子を見て、鼻で吹き出す父上。 いやらしくニヤついている。 「そうか、そういうことか。 まあそれも良かろう。 わしは何も言うまいて、はっはっはっ」 笑いながら言う父上に腹を立てた私は強く咳払いをして、彼に向き直った。 「私があなたのもとに参った理由は、このことを伝えるためだけではないのです」 「ほう?」 「これから森の国で起きるであろうことを容認して頂きたかったのです」 「……そうか。 お前の姿をした魔法使いを捉えに行くのであったな」 私は頷いた。 このまま森の国へ突入したとしても、王子を殺しに来た魔物としか見られないだろう。 もちろん父上に申し上げたところで状況が変わるわけでもないが、せめて父上だけでも信じてもらいたい。 ことが起きた後でも、あなたの息子は無事だということを知っていて貰いたい……それだけなのだ。 「もしかしたら、もうあなたに会うこともないかもしれません。 ですが――」 「何も言うな王子よ」 「……」 「もう、じゅうぶんに理解しておる。 おまえの好きにするがいい。 わしはおまえの成長を目の当たりにできて満足だ」 私は、父上の前で跪いた。 「父上。 あなたが父であったことが、私の人生において最大の誇りです」 すると、父上は満足そうに何度も頷いた。 「それよりも……」 「は?」 部屋の入り口の方を覗き込む父上。 私とルナもつられて顔を向ける。 「わしが出合え出合えと叫んだのに誰一人として来んとはな。 ちょっと寂しいぞ」 「はは……」 ルナと顔を見合わせて苦笑いする私たち。 あれから数日――。 湖の国を後にした私たちは、ついに森の国へとやってきた。 やはりヤン・トモリの情報通り、まさに見るも無惨な光景だった。 青々と茂っていた森の緑は枯れ果て、まるで火山灰を被ったあとのような埃にまみれた国へと姿を変えていた。 あれほど賑わっていた森の国の民たちもいなくなり、代わりに私たちを待っていたのは数えきれないほどの魔物たち……。 私がまだ人間だった三ヶ月前には考えもしなかった廃れようだった。 「ふう」 深く息を吐きながら、額の汗をぬぐうルナ。 私たちに襲いかかってきた魔物共を倒したばかりなのだ。 「お疲れさま、ルナ」 すると、疲れているにも関わらず、私に微笑みを向けてくれるルナ。 彼女の笑顔を見ていると、本当に疲れが吹き飛んでいくような気がする。 「それにしても、魔物も次第に数が増していますね」 「ああ」 周囲を眺める私。 どうやら魔物は見当たらないようだ。 「だが、神界で戦ってきた魔物たちに比べたら、ちょっと物足りないかな?」 「ふふ、そうですわね」 私は、近くの岩に腰を降ろし、ふうと長く息を吐いた。 「今でも、あの岩場にいたギアスが最も大変だったと思っているよ」 ルナは吹き出した。 「無理もありませんわ。 神々には倒せなかった魔獣ですもの」 私も笑いを見せると、おもむろに羽織っていたケープを脱いだ。 「きゃ……」 「へ?」 見ると、ルナは顔を両手で覆い隠していた。 「なにを今さら……この姿はもう見慣れているだろう?」 「そ、そうですけど」 そう言って、覆っていた手をゆっくりと離していくルナ。 「やはり私も所詮は魔物のようだ。 戦っていてもケープが邪魔でしようがない。 それよりかは裸の方が幾分か落ち着く」 「もう!」 と言って頬を膨らませるルナ。 「フェリクスの王子様なんですから、少しは身だしなみにも気を配ってください」 「は、はは……そうだな」 私は苦笑いすると、ケープを再び羽織った。 「だが、こっちはもういらないようだ」 「え?」 私は、巾着から王冠を取りだした。 「せっかくムーメが見つけてくれた王冠。 そしてディーバがくれたエンブレム。 彼女たちには悪いが、あまり役には立たなかったようだ」 私は、取りだした王冠を、隣の岩の上にそっと乗せた。 コンッと小さく鳴る。 「かさばるし、これはここに置いていく。 エンブレムはディーバに返さないとな」 彼女は私に向いて立ったまま、微笑んでいた。 「さて」 そう言って私は立ち上がると、正面の斜め上空を眺めた。 この荒れ果てた大地とはうってかわって立派な原型を留めている城――森の国の城は、もう目の前だ。 「行こうか」 「はい」 私とルナは、城に向かって歩みを進めた――。 |
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