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メルヘンヴェール:第八話 最後の審判
 新月の夜。
 フェリクスの神々は、弔いの女神ルアの神殿に集まっていた。
「ヴェールでありながら、その使命を退けたこの者に、厳しき裁きをお願いしたい」
 ルアの声が神殿に低く響き渡ると、神々は近くの者たちと一斉に話を始めた。
 ――やはり私の判断は間違っていたのだろうか。
 あれからネプトゥーヌスの神殿で数日を過ごした私たち。 その間にヤン・トモリと、ギアスのところで出会った精霊たち三人もやってきて、何度も何度も話し合った。 結果、やはり女神ルアから逃れることはできないとの結論に達し、私たちは全員でルアの神殿に乗り込むことにした。
 うまくいけばルアの同情を得られるのではないかというムーメ、ルナ、精霊たちの意見に対し、ルアの同情を得ることは難しいと意見するネプトゥーヌスとヤン・トモリ。 しかし、他に策がない以上、前者の意見を採るより方法はないと判断した私は、この作戦に打って出ることにしたのだ。
 だが、結局は後者の意見が正しかった。
 要するにルアは、どのような事情があろうとも例外を一切認めようとしない、とてつもなく固い性格なのだ。 程なく彼女はフェリクスの神々を一同にこの神殿に集め、彼女の定石通り、罪を犯したヴェール、つまり私に対する審議を開くことになったのだ。
 しかし、審議なんてとんでもない。
「そのヴェールはルア殿に仕えねばならぬ身でありながらフェリクスを抜け出し、外の世界で更なる罪を犯したのでしょう? ならば永遠の罪こそふさわしいわ」
 何の女神だろう? かなり化粧が濃いな。
 彼女の声で、一瞬だけ静まりかえった神殿が、再びざわめきに包まれる。
「わしも同意見じゃ」 と、白髪交じりの老人神。 「じゃがしかし、その者はなにゆえに再びフェリクスへ戻って来たのか。 まさか、おのれの罪を知らぬものでもあるまい」
「そこがヴェールの浅はかなところよ。 まったく、人間ほどの知恵も持ってはおらん」
 勝手なことを言ってくれる。 私は――ヴェールはもともと人間だというのに。
 しかし参った。 神々は口々にヴェールとなった私の罪深さのみを論っている。
 このままでは……。
「お待ち下され!」
 突然、私の耳元で響く、厚みのある大声。 びびった。
 ネプトゥーヌスだ。 彼はスクッと立ち上がると、席のテーブルに両手を付いた。
「皆々よ、わしの話を聞いてはもらえまいか」
 途端に神殿は静けさに包まれ、神々の視線は一斉にこちらに向けられた。 そして私たち、ルナ、ムーメ、精霊たち、そしてヤン・トモリも顔を見上げて彼に注目する。
 ネプトゥーヌスはルアに顔を向けた。
「まずはルア殿。 なぜあなたは全てをお話しにならぬのですか。 これでは公平な審議などできませんぞ」
「必要ないと判断したからです」
 無表情のまま、冷静に答えるルア。
「必要はあります!」
 今度はルナが立ち上がり、涙目でルアに訴えた。
 だが、ルアは聞く耳持たずといった顔でそっぽを向く。
「……」
 そう――彼女は全てを神々に伝えたわけではない。 神々が知っているのは、私がフェリクスの外にいて、多くの血を流させたことのみ。 もちろん彼女には私たちが知る限りの全てを伝えたので当然ながら知っている。 だが議長はルア本人だ。 どう進行させるかはルア自身が決めること……それはネプトゥーヌス自身が言っていたことだった。
 だが、あまりにも一方的すぎる。 これでは議論するまでもないではないか。
 何か反論しようにも、私は、この場において一切の発言を許されていない。
 くそ……なぜ私がこんな目に遭わなければならないのだ。
 私は、やりきれない思いで両手の拳を握りしめた。
 そのとき。
「全てとは、どういうことですかな、ネプトゥーヌス殿」
 真向かいの離れた席に座っている、ネプトゥーヌスと同い年くらいの男が尋ねた。
 するとネプトゥーヌスは一拍置き、皆に聞こえるよう、声の厚みをやや強めて言った。
「皆も知っての通り、わしはフェリクスから逃げ出したヴェールを捕え罰するよう大神より命を受けておる。 そのわしが、このヴェールに情をかけることを皆は不思議に思うだろう。 だがわしは、このヴェールがこのまま永遠の罪を受けることになるのを黙って見てはおれぬのだ」
 神々が近くの者と顔を見合わせて、ざわめきだす。
 そのざわめきに負けないよう、更なる大声で叫ぶネプトゥーヌス。
「ホーラよ。 ホーラはおらぬか!」
 そう言って、忙しく周囲を見回すネプトゥーヌス。 ホーラというのが誰なのか知らないが、私もつられてキョロキョロと首を回した。
「ホーラ……あ、いた。 おぬし……いたのならば返事をせぬか」
 彼の視線を追うと、そこには無表情に目を反らしている、どこかのバーで働いていそうな風貌の女神がいた。 彼女の髪は黄金色で緩いウェーブがかかっている。 はて、誰かに似ているような。
「ふん」
 頬をぷうと膨らませて鼻を鳴らすホーラ。
「おかあさまー!」
 そう聞こえた途端、ニコッと微笑み小さく手を振る女神ホーラ。
 慌てて声のする方を向く私。 なんと、そう彼女を呼んだのはムーメだった。
 お母様ってことは――彼女がこのオヤジの不倫相手か!
 しかし、確か別れたと言っていたよな……なにか険悪な空気を感じるが。
「ホーラよ……この場では私情を挟まず聞いて欲しい」
「聞いてください」
 ホーラが強めの口調で言う。
「……聞いてください」
 ネプトゥーヌスが情けない言葉でそう言うと、ホーラはふてぶてしい顔のまま、ネプトゥーヌスに顔を向けた。
「で? あたしになにか?」
「時の女神ホーラよ。 たのむ。 おぬしの力で皆の者に、このヴェールの過去を見せてやってはもらえぬか」
「見せてくださいませんか」
「……見せてくださいませんか」
 ホーラは一つうなづくと、ゆっくりと立ち上がった。
 時の女神――そうか。 あのネプトゥーヌスの城にあったホームシアターとかいうものに過去を映すという特別な細工を施したのは彼女だな。
「それでは皆の者、手をつないで。 さあ、心をひとつに……」
 ホーラの静かな掛け声と共に、神々はそれぞれ隣の者と手を繋ぎ、そして目を閉じた。 私も左隣のネプトゥーヌスと、右隣にいる明るい感じの精霊と手を繋ぎ、同じように目を閉じる。
 私が心の中で見たもの……それは、ホームシアターで見たものと全く同じだった。 更に私がヴェールとして蘇り、ここまで旅を続けてきたこと……その全てが見えた。 時間的にはそれほど経っていないはずだが、全ての過去が信じられないほど鮮明に見えた。
 そして何も見えなくなる。
 場内からは、やりきれないため息が広がった。
 目を開き、繋いでいた手を離す私。
 ――何度見ても、あの死ぬ瞬間は嫌な光景だ。
 そこでハッと気づく。 ネプトゥーヌスの隣に座っているルナに慌てて顔を向けると、彼女は口元を両手で押さえて涙を流しながらガタガタと震えていた。 私が死ぬ瞬間を見てしまったのだ。
 そのことにネプトゥーヌスも気づく。 彼は彼女の頭にそっと触れると、ゆっくりと引き寄せて、そのまま彼の胸の中で泣かせてやった。
「なんと腹立たしい! フェリクスの外へ飛ばして人を殺めるとは、神をも恐れぬ傲慢な魔法使いじゃ! 捨て置くわけにはいかぬ!」
「だが知らぬこととは言え、ヴェール族でありながら他の者の血を流させたという罪は免れぬのではないか」
「ですが、このヴェールの力で救われた者も少なくはないでしょう。 そこにいる精霊たち、地底の王、そしてネプトゥーヌス殿もしかり」
 神殿内のざわめきは最高潮に達した。 もはや自分自身の発する声でさえ聞き取れないほどの論議が激しく交わされる。
 そのとき、突然私の背後から、誰かが覆い被さるようにして抱きついてきた。
 慌てて首を回すと、なんと抱きついてきたのはルナだった。
「王子様、王子様……」
 そう繰り返しながら、延々と涙を流し続けるルナ。
「……」
 あの肉片を見て怖がるかと思っていたのだが……君は本当に優しい子だ。
 私は彼女の手に触れると、何も言わず微笑み目を閉じた。
 それから、どれほどの時が経ったのだろう。 相も変わらず議論が止むことはなく、それどころかエスカレートする一方だった。
「王子よ」
 おもむろにネプトゥーヌスが私を呼んだ。 ちなみにルナはまだ私に覆い被さったままだ。 もちろんあれからかなり経つので今は泣いていない。 ただ抱きついているだけだ。
「頃合いだ。 最後の締めに入るぞ」
 それを聞いて、私はルナに目をやった。 そして小さく微笑むと彼女もうなづき、そして私から離れた。
 それを見ていたネプトゥーヌスが、大声で叫ぶ。
「皆の者よ!」
 彼は目一杯の声で叫んだが、それに気づく者は少なかった。 しかし、近くの者が気づいて目をやると、それは芋蔓式に次々と広がり、そして議論の声が次第に小さくなってゆくと、途端に神殿は静けさに包まれた。
 一度周囲に目をやってから、改めて口を開くネプトゥーヌス。
「皆も既に判っているとおり、このヴェールはフェリクスの王子。 現在フェリクスは彼に成りすました魔法使いの手により崩壊の危機に立たされておる」
「なんと、フェリクスが?」
「初耳だ。 いったいどういうことですか」
 すると、次に口を開いたのはヤン・トモリだった。 もともとの情報源は彼だからな。
「このヴェールの――いや、王子の姿に成りすました魔法使いは、彼になり代わって森の国の姫と結婚をしました。 ところがそれ以来、森の国は繁栄するどころか衰退する一方。 それというのも、森の国は城を除いて魔物に占領され、美しかった森の国は崩壊。 その面影を残すのは城のみとなってしまったのです。 そして、その魔物は……こうして議論している今現在も増加を続け、フェリクス全土に拡がりつつある」
 一字一句、強い口調で語ったヤン・トモリ。
 それを聞いていた神々が息をのむ。
 ネプトゥーヌスが後を続けた。
「皆にとって、彼はただのヴェールでしかないだろう。 しかし、彼はフェリクスの王子としてフェリクスを救うため、我が身の危険を承知の上でここまで来たのだ」
 間が空く。 誰一人として一言も発さない。
 彼は続けた。
「我々神ではフェリクスを救うことはできない――フェリクスを見向きもしなかった我々に救うなどという大それた言葉を使う資格さえもないのだ。 今のフェリクスを救えるのは彼、フェリクスの王子、ただ一人だけだ」
 そして、皆の視線が私に集中する。
 ネプトゥーヌスは締めくくった。
「わしからは以上だ……正しき採決を皆に望む」
 その言葉を最後に彼が腰を降ろすと、まるで時が止まったかのように場内の空気は固まった。
 そして――。
「ルア殿。 なぜこのような大切なことを我々に伝えなかったのですか」
 神の一人がルアにそう尋ねると、場内の視線は一斉にルアに向けられた。
「申し上げたでしょう。 必要ないと判断したからです」
 そのとき、ゴンッという鈍い音とともに、ルアが突然前のめりに倒れて机にうつ伏せた。 まるで後頭部を強く殴られたかのような倒れ方だった。 あまりに突然だったので、皆揃って 『なに?』 といった表情で、その光景を見て狼狽えている。
 間もなく、ルアの背後から人影が現れた。
「まるで進歩がありませんねルア。 しばらく黙ってなさい」
「お、お母様?」
 そう叫ぶのはルナ。
 そう。 そこに現れたのはルナの母親――歌の女神ディーバだった。
 なぜこんなところに。 彼女、引き籠もりじゃなかったのか?
「ディ、ディーバ殿! いったい何を!」
 ルアの近くに座っていた一人の神が立ち上がり、ディーバに向かって叫ぶ。
「痛っ……ディーバ!? あなたなんてこと――ぎゃあ!」
 形相で起き上がろうとしたルアの頭にディーバが手を当てると、ルアは悲鳴をあげて再び倒れ伏した。
「昔からこのバカは規則規則とうるさくてね」
 そう言いながら、倒れ伏しているルアの頭にチョップを連発するディーバ。 彼女がチョップを与える度にパシンパシンと放電が見え、左右に拡げられたルアの手がビクンビクンと浮き上がる。 あれはルナが使ってた脳を麻痺させる護身術……周囲の神々も止めればよいものを、止めることができずに、ただ呆然としている。
「どれほど理不尽なことでも規則優先で突き通すものだから、彼女には善悪の判断ができないのです。 なんのために弔いの神の名を授かったのか、まったく理解しようともしない。 このような融通の利かないバカの下僕として遣わされたヴェール達も相当苦労したことでしょう……わたしも心が痛みます」
 ディーバはチョップの手を止めて、場内の一同を見回した。
「では気を取り直しましょう。 父である大神の代理として、皆に問います」
 ――なんだって?
 神々がディーバを見つめたまま目を見開いた。
 彼女、確か今、大神のことを父と――。
「二つに一つです、己が正しいと思う方を選びなさい。 ひとつ。 習わし通り、そこのヴェールに永遠の罪を与える。 ひとつ。 ヴェールの罪を一切問わない」
 沈黙。 場内はカサリという音すら鳴らない完全な無音状態に包まれた。 あまりの静けさに、近くの神が唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
「良いですか」 とディーバ。 「永遠の罪が相応しいと思う者、挙手を願います」
 すると、タイミングに多少のばらつきはあったものの、およそ四〇名の神がいる中で、四名の挙手が見られた。 その四名も周囲を随分と気にしながら、やっとの思いで手を挙げたという感じだ。
「よろしい。 では続いて、無罪が相応しいと思う者、挙手を願います」
 一斉に二〇名ほどの神が手を挙げた。 それを見て、私に笑顔を向ける精霊たち。
 だが、私は素直には喜べなかった。 どちらにも手を挙げなかった者が多数いたからだ。
「約半数ですか」
 ディーバが見回しながら言う。
「二つに一つと申したはずです。 挙手しなかった残りの者はどうしましたか。 決断放棄ですか、それとも保留ですか?」
 すると、私たちの真向かいあたりにいる体格の良い神が口を開いた。
「ディーバ殿。 私は決断放棄です」
「ほう。 これは真実を司る神フィディウス殿。 して、理由は?」
「私には、そのヴェールの罪を左右する資格がない……今まで数多くのヴェールに対し下してきた私の採決が果たして誠に正しかったのかどうか……よって、私を多数決の頭数に含めないで頂きたい。 それがヴェール族、そしてフェリクスに対する私のせめてもの罪滅ぼしとなることを願う」
「わたしも彼と同じです」
「わしもだ」
 そして、一斉に飛び交う同意の言葉。
 それが一通り終わると、ディーバは一度小さく笑った。 そして私に目を向ける。
「ヴェールよ。 そなたの目の前にいる、人々の行いを賞しまたは罰する女神アドラステアに代わり、我らが採決を下しますね」
 目の前?
 すると、私のひとつ前の席に座っている赤毛で目の大きな明るい感じの若い女性が振り返り、ニコッと微笑んでくれた。 彼女が人々に賞罰を与える女神アドラステアか。 ルナが彼女に向かって 「ラステア」 といって小さく手を振ると、アドラステアはルナに片目をつぶってみせた。 どうやら二人は友達らしい。
 ディーバは私に向かって大声で言った。
「ヴェールよ! そなたはヴェール族の掟から解放され、過去に為した行為に対する罪は一切問わぬものといたします!」
「……」
 どう反応したら良いのかわからず、ディーバと目を合わせたまま固まっている私。
 そのとき、ディーバがわざとらしく吹き出した。
「どうしたのですか王子。 無罪ですよ?」
「王子様!」
「はわっ?」
 いきなり後ろから飛び付かれる私。 この声はルナ――ルナが再び私に覆い被さるようにして抱きついてきたのだ。
「やりましたわね王子様。 あなたは神々に認められたのです!」
 次の瞬間、重い空気に包まれていたこの神殿は、神々が発した拍手の渦により、まるで雨上がりの木漏れ日のような、とても明るく、それでいて柔らかな光に包まれた。 すごい演出だな。 誰の仕業だろう。
 そして、ネプトゥーヌスや精霊たちもまた口々に私を賞賛する。
「やったな王子、新たな歴史を作ったな!」
 そう言ってガッツポーズを見せるヤン・トモリ。
「これで君は心おきなくフェリクスに行けるんだぞ、もっと喜べ」
 フェリクスに……そうか。 これで堂々とフェリクスに帰れるのか。
 私は、自らの顔に笑みが浮かび上がってくるのがわかった。
「しばし待たれよ」
 唐突に、右奥の席に座っている年老いた神がそう言った。
 途端に拍手の音が止む。
「なんですか?」
 ディーバが問う。
「水を差すようで申し訳ないが、彼はまだヴェール。 他人を傷つけることは禁じられている立場にあろう。 いったい如何にしてフェリクスを救うと言うのだ」
 すると、神々が顔を見合わせる。
 その通りだ――過去のことは無罪になったが、しかし私がヴェールだということもまた紛れもない事実。 魔物を含み、他人を一切傷つけることなくフェリクスを救うなど、どう考えてもできるわけがない。
 だが、意外にも大笑いを始めるディーバ。
 神々が一斉にディーバを見る。
「採決を申したではございませんか。 彼はヴェールの掟から解放されると」
「な……永遠にか!」
 ディーバはうなづいた。
「今後一切、彼をヴェールとして扱うことは、大神の代理を務めるこのわたくしが許しません。 わかりましたね?」
 神々は一時、度肝を抜かれたような顔をしていたが、その顔は次第にほころび、そして小さな笑いが始まった。 どうやら一同に同意ということらしい。
「それでは皆の者、ご苦労様でした。 あとのことはわたくしに任せて、皆はどうぞお帰りください」
 そのディーバの言葉を聞いて一人の神が席を離れると、他の神々も次々と席を立ち、そして神殿から出ていった。 そして残された私たち、ルナ、ディーバ、ヤン・トモリ、ムーメ、精霊たち、ネプトゥーヌス、そして気を失っているルア。
 私は、私たちのところに近づいてくるディーバに向かって言った。
「ディーバよ。 あなたが大神の娘とは知らなかった。 本当に感謝するよ」
 すると苦笑いするディーバ。
「王子よ。 わたしが大神の娘かどうかは関係ありません。 これはそなたの真実を知り、神々が自ら出した答えなのです。 堂々と胸を張りなさい」
 私は申しわけ程度に微笑んだ。
「実を言うと、大神の名は無断で使いました。 いくら実の父とはいえ勝手に名を使うことは許されませんので、わたしは後で咎められるかもしれませんが……まあ、ルアを抑えられない以上、今度ばかりは大神の名を出さねば乗り越えられそうにありませんでしたからね。 誰かさんが不甲斐ないもので」
 そう言って、ネプトゥーヌスにキッと鋭い視線を向けるディーバ。 恐っ……。
 目を反らして、冷や汗を流しながら口笛をふくネプトゥーヌス。
 ディーバはネプトゥーヌスに人差し指を向けながら、強い口調で言った。
「あなたね、ルアの攻略方法をちゃんと手紙に記しておいたでしょう。 あれを実行すれば、こんな面倒な審議なんか開かれる前に、確実にルアを落とせたのですよ。 なぜしなかったのですか」
 すると、ぶうたれるネプトゥーヌス。
「だって、わしだって命が惜しいし……」
 肩を落とすディーバ。
「相変わらず情けないんだから……」
 あれを実行……なんだろう。
 ネプトゥーヌスが恐れるくらいだ。 よほどのことだとは思うが。
「ま、あなたにしては頑張った方でしょう。 ネプトゥーヌス」
「お母様、それは言い過ぎですよ」
 ルナがそう言うと、ディーバは 「そう?」 と言ってルナを見た。
「ルア様はともかく、お父様が神々の心を動かしてくださらなければ王子様は今ごろ理不尽な採決を受けて悔やんでいるところですわ」
 ディーバはしばらくポカーンとしていたが、間もなくネプトゥーヌスに目を向けて微笑んだ。
「ま、そうかもね」
 ディーバは、しばらくネプトゥーヌスと見つめ合ったあと、再び私に目を向けた。
「さあ王子よ、そしてルナ。 そなたたちに大神代理の名の下に命じます。 一刻も早くフェリクスへお行きなさい。 そして民の平和を取り戻すのです」
「え……ルナもか? しかし」
「命令です」
 そう言って、ふところから抜き身の包丁を取り出すディーバ。
 まったくこの人は……。
「わかった。 行こうルナ!」
「はい!」

 ルアの神殿をあとにした私たちは、早足でフェリクスに向かった。