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「メルヘンヴェール」
主な登場人物
フェリクスの湖の国の王子
強い信念をもち、信じる道を突き進む行動力のある主人公。森の国の姫と結婚を約束している。
フェリクスの森の国の姫
王子と愛を誓い合い、結婚を約束した女性。
魔法使い
婚約争いに敗れ、王子を心の底から恨んでいる青年。
月の女神ルナ
夜を司る、月に常駐する女神。
太陽の神フェーブス
昼を司る、太陽に常駐する神。
ディーバ
人々にやすらぎの歌を届ける女神。酒豪。
仙人ヤントモリ
海の家を津波で失い、現在は氷の世界に家を建て暮らしている自称仙人。
海の神ネプトゥーヌス
海を司る神。
メルヘンヴェール:第一話 ルナの攻撃理由
「いやあああああああ!」
 耳をつんざく悲鳴とともに、人の頭ほどの大きさの流れ星が私に目がけてものすごい勢いで降ってくる。 あらゆる方向からピンポイントに私を狙ってくる点から、彼女の意志による攻撃であることは間違いない。
「危ないだろう、やめてくれ!」
「えっち、スケベ、痴漢、変態、来ないで!」
 酷い言われようだ……。

 私は、フェリクスと呼ばれる地方にある、湖の国の王子。 本名は長いので気にしないでほしい。
 おかしなことに、私はいつの間にか見知らぬ砂漠で倒れていた。 気を失う前は間違いなくフェリクスの城内にいたはずだが、なぜこのような場所にいるのか。
 おかしなことは、それだけではない。
 なんと私の下半身は緑色の体毛に覆われたケモノと化し、両耳の上には奇妙な角が生え、そのうえ身ぐるみ全てを失っていた。 ぶっちゃけスッポンポンなわけだが、体毛があるおかげで隠す必要が無いのは不幸中の幸いと言えよう。 円形脱毛や生え替わりの時期は気を遣いそうだ。
 ああ、身ぐるみを全て失っていたと言ったが、実は二つだけ残されていた。
 一つは、私と愛を誓い合った女性、森の国の姫からもらった、このアルミラの腕輪。 私の細腕には少々大きめだが、左手首に着けている。 この腕輪はただの装飾品ではなく防御系の魔法がかけられていて、軽い飛び道具による攻撃であれば弾き返すことができる。
 もう一つは、倒れていた場所のすぐ近くに落ちていたアキナケスという剣。 これは父上から授かった大切な剣で攻撃系の魔法がかけられている。 精神を集中して剣の一点に気を集めれば、強力な魔法弾を打ち出すことができる優れものだ。
 これさえあれば恐れるものは何もない!
 ……と勇んだまでは良かったが、いったいどこへ行けば良いのやら、まるで見当がつかない。
 とりあえず、砂漠をうろつく魔物に幾度となく襲われながら歩き回っていたところ、なにやら底の見えない大きな崖を挟んで、はるか向こう側に陸地を見つけた。 しかし、どう渡ったものか。
 橋でもかかっていないかと周囲を見回してみると、空がやけに明るい方向に、アーチ状の石橋らしきものがうっすらと見えた。 早速足を運んでみるのだが……なんだ、行けば行くほど蒸し暑くなってくる。
 そろそろ橋のある場所に近づいたところで足が止まった。
 なんと橋の入り口に、灼熱の炎に包まれた巨大な神殿が鎮座しているではないか。 火事か? しかし石造りとおぼしき神殿がこれほどまで激しく燃え上がるなど信じがたい。 そもそも神殿自体が燃えているというよりも、神殿全体が巨大なひとつの炎のかたまりに包み込まれてるようにも見える。 それにこの尋常ではない明るさと熱気。 これが普通の炎でないことは私にもわかった。
 だが炎は炎だ。 生身の私がこれ以上近づけば、ただでは済まないだろう。
 一方で、この灼熱の神殿を通過しなければ橋を渡ることができないのもまた事実。
 困り果てていたとき、付近に立てかけられた看板がふと目に留まった。
 なになに?

 『太陽の神殿へようこそ。 空調魔法が使えない方は、月の女神事務所で全環境適応型防護服「オムニアのマント」を無償にてお貸ししておりますので、お気軽にお声がけ下さい。 なお、万一大火傷をして死亡するようなことがあっても当事務所は一切の責任を負いませんので御了承下さい。 太陽の神殿事務所所長.太陽の神フェーブス』

「……」
 まず、空調魔法というものがどのような魔法なのか知らない。 私が使えるのはせいぜい軽い攻撃魔法と、かすり傷程度を完治できるヒール系の魔法だけだ。 王家の人間として知っておくべき最低限の魔法でしかない。
 そんなわけで、オムニアのマントとやらを借りるため、私は看板の案内図をたよりに、太陽の神殿とは正反対の場所にある夜の世界へと足を運ぶことにした。
 私が記憶している神話によれば、月の女神の名前はルナ。 看板に「お気軽に」と書いてあったのだから最初は素直に貸してもらえるだろうと軽い気持ちで行ったのだが、何を勘違いしたのか、月の女神は私を変態呼ばわりして猛攻撃をしてくるではないか。 おまけに、サフィルスとかいう丸くて奇妙な生命体まで襲いかかってくる。
「いやあ、助けてサフィルス!」
「おのれ、お嬢様には指一本触らせませんぞ」
「いや、だから私の話を……」
「ケモノの分際で図々しい、誰が聞く耳を持つか。 命が惜しくば即刻立ち去れ!」
 そう言って、サフィルスが私に向かって飛んできた。
 困った。 動きが奇天烈すぎて避けられそうにない。
 やむを得ず、アキナケスでサフィルスを斬った。
「ぐえ」
「サフィルス!」
 叫ぶ女神。
「――ご安心くださいお嬢様。 わたくしめは不死身でございます」
「!」
 確かに手応えはあったが、サフィルスの言う通り斬れていないし全くの無傷だった。 だが少し様子がおかしい。 斬りつけた途端、奴は微動だにしなくなったぞ?
「あなた斬られたらしばらく動けないじゃないの!」
「斬られたのは久しいもので忘れておりました、はっは」
「笑い事ではありません!」
 チャンスだ!
 私は女神に向かって一気に足を踏み出した。
「――きゃあああああっ、こないで変態!」
 途端にけたたましい数の流れ星が襲いかかってきた。 これだけ八方から攻撃されてはアルミラの腕輪の力だけでは防ぎきれない。 しかたなく数歩下がって間合いをとる。
「や、やめ――」
 容赦なく降り注ぐ流れ星をかわし、そろそろ命の危険を感じたところで、ついに切れた。
「いい加減にしてくれ!」
「!」
 私の大声に飛び上がる女神。 一瞬、流れ星の猛攻撃が緩んだ。
「私はフェリクスの王子だ! 変態などではない!」
「王子だァ?」
 サフィルスがフラフラと動きながら言う。
「はっ、ケモノの王子が納める国など、どこに存在する」
 サフィルスと私を交互に見ながら、コクコクとうなづく女神。 そりゃそうだけど。
「嘘ではない! 気がついたら身ぐるみ全てを失い、このような姿になって向こうの砂漠に倒れていたのだ」
「だーれーが信じるか、そんな与太話、この変態、露出狂」
 既に切れていた私は、遠慮なくサフィルスをメッタ斬りにする。
「ぐああ! なっなにをするか、動けない者に対してなんという卑劣な!」
「不死身なんだろ」
「それが王子のすることか、あーいて!」
 オムニアのマントを穏便に借りようとしたが、これではらちがあかない。
 変態呼ばわりされ、怒りが収まらない私は、女神を鋭く睨み付けて言ってやった。
「それはお互い様だ。 神と会うのはあなたが初めてだが、見かけで人を判断するとは最低の女神だな!」
「……ひうっ」
 案の定、悲しげな表情に変わり……い、いや泣きそうだぞ!
 ああ泣いてしまった。 言い過ぎた。
「きっ貴様! お嬢様に対してなんという暴言を!」
 彼女の涙を見て内心動揺してしまったが、間違いは正さねば。
「ほ、本心を申したまでだ。 人の話を聞こうともせず、無防備な人間に対して突然の猛攻撃だぞ。 女神のすることか」
「はっ、私をメッタ切りにしておいて無防備とは、片腹痛いわ」
「この剣か……だったら捨てよう」
 私はアキナケスを背後に投げ捨てた。
 鋭い金属音に反応して、濡らした目を見開く彼女。
 私は両手を左右に大きく拡げた。
「さあ丸腰だ。 危害を加えるつもりはない。 これでも話を聞く気はないのか?」
「……」
 二人とも何も言ってこない。
 そういえば流れ星の攻撃もさきほどより随分と緩やかになっている。 この程度ならば腕輪の力だけではじき返せる。 一応、会話ができる状態には持ち込めたようだ。
「それで、なぜ私を変態呼ばわりする?」
「自分の格好を見れば一目瞭然だろう」とサフィルス。 「みっともないから何か履け」
 女神は思い出したように顔を赤くして、そっぽを向いた。
「わかった、それは認めよう。 悪いがそのオムニアのマントを貸してくれないか」
「ふざけるな。 これは貴様の汚いものを隠すためのマントではない」
「だったら変態呼ばわりもやめてもらいたい。 私だって好きでこのような格好をしているわけではないのだ」
「そう、ですよね」
「!」
 胸元に手を組んで、涙を落としながらつぶやく女神。
「少し覗かれたくらいで我を忘れるなど、女神としてあるまじき失態、なんとお詫びをすればよいのやら……」
 ん、覗き?
「心の狭い最低の女神です。 恥ずかしいです。 わたし女神失格です……ひ、ひぐっ」
 今度は、今にも大泣きしそうなくらい肩をひくつかせている。
 おもわず両手をばたつかせて、慌てる私。
「な、なにもそこまで言っていない。 私も言いすぎた。 だから思い詰めないでほしい」
 彼女は潤ませた瞳を私に向けた。
 すっかり怒りが冷めて、落ち着きを取り戻した私は、彼女に笑顔でうなづきかけた。
「……っ」
 悲しみの表情から、一気に解き放たれた彼女の顔。 あっけにとられているようにも見えるが。 とにかく、これで完全に落ち着いて話ができるようになったわけだ。
「ひとつ尋ねてもいいかい?」
 こくりとうなづく女神。
「あなたは私が砂漠を歩き回っていたのは知っていたのかい?」
「はい」
「であれば、私が砂漠に来る瞬間も見ていたのだよね」
 すると、申し訳なさそうに首を横に振る女神。
「お嬢様は夜を見張る月の女神。 砂漠は監視対象区域ではない」
「だが、ここからならばよく見えるだろう。 ほら」
 私の指さした方向には、私が倒れていた場所がはっきりと見えた。
 ――今気づいたが、その倒れていた場所の地面が一直線にえぐれていた。 なにか人間くらいの大きさのものがとてつもない速さで飛んできて、そのまま地面に激しく衝突したような不気味な痕だ。
 もしかして、私はフェリクスからこの場所まで飛ばされてきたのか?
 それにしては、どこも怪我をしていないのだが。 奇跡的に無傷で済んだのだろうか。
 なんにせよ、あの地面のえぐれた痕を付けたのが私だとすれば、例の深い崖の方角にフェリクスがあると見て間違いないだろう。 目指すべき方角は決まったな。
 まあ、それに関しては今はどうでもよい。 私は女神に向き直った。
「気を失っていたくらいだから、割と長いことあの場所に倒れていたと思うのだが」
 彼女は小首を傾げた。
「少し席を外している間に、あなたはもう砂漠を歩いていました」
「少しって……目を覚ましてから実際に歩き出すまでも結構時間を要したのだが」
「お嬢様は色々と忙しいのだ」
「いったい何をしていたのだ?」
 しかし、彼女は赤くなってうつむいたまま喋ろうとはしなかった。 と言っても、回答を拒むわけでもなく、ただ答えにくそうにしているだけ。 恐らく答える気はあるのだろう。 だが、なぜか恥ずかしそうにしている。 何か言いにくいことなのだろうか。
 私は思い当たるふしを尋ねてみた。
「居眠りをしていたとか」
 女神は首を左右に振った。 やはり答える気はあるようだが、答えは違うらしい。
「まあ、お嬢様は、居眠りはよくしますけどな、はっは」
 サフィルスのツッコミに、ぷうと頬を膨らませる女神。
 ちょっと面白くなってきた。
「ではトイレ?」
 彼女は一瞬驚いたように私の目を見てから、更に強く、首を横に振った。
「ちっ違いますっ!」
 強い否定。 まあ、トイレにしては長すぎるよな。
 今気づいたが、遠回しに 「大ですか?」 と聞いているようなものか。 失礼した。
「なんだろう、湯浴み?」
 すると彼女は顔を真っ赤にして頭をひとふりうなづき、そのままうつむいてしまった。
「おフロ、だいすきで、いつも二時間は……」
 なるほど。 たしかに飛んできて意識を取り戻して歩き出すには十分すぎる時間だ。
 しかし二時間とはまた、長いな。
「きさま、なんというハレンチなっ! 身の程をわきまえろ!」
 サフィルスが私に怒鳴る。
「たしかに……女神、いえ、女性に対する無礼の数々、紳士としてお詫びせねばなりませんね」
 女神の前で、片膝をついて頭を下げる私。
「い、いえそんな。 悪いのはわたくしの方ですから」
 私は笑顔で礼を言うと、彼女も嬉しそうにしてうつむいた。
 月の女神ルナ。 可愛らしい反応だな。 外見的には私と同い年、いや年下だろうか? 堅く律儀な森の国の姫とはうって変わって、城下の民の少女にほど近い豊かな表情を持っている。 魅了する美しさを持っているし、姫には申し訳ないが結構好みかもしれない。
「しかし解せないな」
「何が、ですか?」
 私の言葉に、首を傾げる女神。
「あなたはお取込中だから私が来た瞬間を見なかったのは当然だ。 しかしサフィルスまで見ていなかったのは解せない」
 すると、女神はきょとんとしてサフィルスに顔を向けた。
「そうですわね」
「わ、私が何をしていようと貴様のようなケモノには関係のないことだ」
「あなたには離席中の代理監視を命じていたはずです、どういうことですか?」
 そう言って、一歩前に踏み出す女神。
 ……おや?
 気のせいか、一瞬、彼女から殺気のようなものを感じた気が。
「おっお嬢様! 私はえと……トイレに行っていたんですよトイレ!」
「あなた、トイレは行きませんよね」
 言葉を失うサフィルス。 奴は動けないながらもプルプルと震えていた。
 サフィルスの奴、いったい何に脅えているんだ?
 その時、ふと思い出した。 女神が言っていた「覗き」という言葉を。
 まさかこいつ。
「どうしたサフィルス、風呂でも覗いていたのか?」
「んあ! ち、ちがう!」
 大声で否定するサフィルス。 あからさまに焦りすぎだ。
 そのとき私はハッとした。 とてつもなく強烈な殺気を感じたのである。
「お、お嬢様〜〜」
「視線の正体はあなただったのですね……」
 身の毛もよだつ光景だった。
 サフィルスには、数えきれないほどの大量の流れ星が一斉に襲いかかっていた。
「ぎゃあああああっ! お、お許し下さい! お嬢様あああ!」
 なんと恐ろしい……途絶えることのない断末魔の叫び。 生身の生物ならば即死しているところだろう。 ところがサフィルスは不死身なので死ぬこともできず、ただ痛みだけを感じているようだ。 しかも攻撃されると動けなくなる。 逃げることもできない。 これこそまさに生き地獄。
 しかし、これでようやく理解できた。
 私が夜の世界に入った途端、彼女がワケもなく猛攻撃を仕掛けてきたのは、どうやら私を覗き魔と勘違いしていたからのようだ。 もちろんそこにはサフィルスのあらぬ入れ知恵もあったのかもしれないが、ただでさえ私はこのような裸同然の姿だから誤解するのは当然のことかもしれない。
 しばらくすると彼女は私の方を向いて、実にすまなそうな表情を見せた。
「あ、あの、その……ほ、本当に申し訳ありませんでした。 わたくしの勘違いであなたに酷いことを」
「いや、誤解が解けてなにより」
 私が笑顔でそう応えると、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
「あ、あの」と女神。 「ところで、フェリクスの王子様というのは本当なのですか?」
 うなづく。
「理由はさっぱりだが、気を失う前は確かにフェリクスの城内にいたし、このような姿でもなかった。 とにかく今は一刻も早くフェリクスに帰らなくてはならない。 そのためにも太陽の神殿を通らなくてはならないのだが、それにはオムニアのマントがどうしても必要なのだ。 頼む、月の女神よ。 オムニアのマントをしばらく私に貸してくれないだろうか」
 彼女は一瞬ためらったが、すぐに笑顔を見せてオムニアのマントに手をかけた。 そして、それを両手でそっと私に差し出した。
「どうぞ。 王子様」
 私は笑顔でそれを受け取った。
「ありがとうルナ。 必ず返すよ」
 彼女は、潤んだ瞳で私に微笑みかけた。
「……」
 見ているだけでほっとするような、とても素敵な笑顔だ。
 さきほどは本当に申し訳ないことを口走ってしまった。
 可愛いな、ルナか。 まさに女神……。
「!」
 い、いかん。 そうだ、彼女は女神だぞ。 言葉どおり本物の女神だ。
 私とは住む世界が違うんだ。 余計なことは考えるな。
「では、私はこれで」
「あ、あのっ」
「はい?」
 もじもじとしながら、うつむく彼女。
「?」
「あ……いえ。 道中お気をつけて」
 私は微笑み 「ありがとう」 と言うと、夜の世界を後にした。


MetaFight image by K2000

 私は、オムニアのマントを羽織ると、太陽の神フェーブスのいる神殿に入った。
 驚いた。 まったく熱くない。 なにか特殊な魔法でもかけられているのだろうか。
 私は悠々とした気分で神殿の中を歩いた。
「ちょいと待たれよ」
「!」
 間もなく神殿を通り抜けようとしたとき、突然背後から男に声をかけられた。 慌てて振り返ると、なんとそこには赤いマントをまとった一人の老人が杖をついて立っていた。 まさか本当に人がいるとは思ってもいなかったので本気で驚く。
「あ、あなたが太陽の神フェーブス?」
「いかにも」
 頭からかぶったマントの隙間からのぞくフェーブスの顔は、まさに威厳に満ちていた。
「すまない太陽の神フェーブスよ、私は」
「おぬしがフェリクスの王子とやらか」
 私は更に驚いた。
「なぜそれを?」
「ルナから聞いておる」
「月の女神から? なるほど、でしたら丁度良い。 フェリクスへ帰る方法を」
「おぬしワシの孫娘と結婚せぬか?」
「は?」
「孫娘はおぬしにぞっこんじゃ」
「ぞっこんって、いや孫娘とはいったい……え、ちょっ!」
「ルナじゃ」
「!」
「ワシに似て、美人じゃろう」
 フェーブスとルナは身内だったのか!
 威厳に満ちていたはずの顔は既にゆるゆるで、孫娘を想うおじいさんの顔に、すっかり変わっていた。
 じっ冗談じゃない! 私は一刻も早くフェリクスに帰らねばならないのだ!
「先を急がねばならないので、私はこれにて!」
「待たれよー!」
「うげえっ!」
 フェーブスが私の羽織っているオムニアのマントを掴んだ。 私の首は絞まり、一瞬意識が飛びそうになった。
「げえっ……きゅ、急に引っ張らないでください! 危ないじゃないですか!」
「ルナと結婚しないと言うならば、この場でおぬしのマントをズタズタにするぞ!」
 見ると、フェーブスは片手にナイフを持っていた。 オムニアのマントをズタズタにするということは、それすなわち、この灼熱の神殿で私は燃え尽きるということに他ならない。
「なっなななんてことを! 私を殺す気か!」
「孫娘を泣かせる奴ァ許せぬ!」
 ひいいいいい! 目がマジだ!

 私は無事にフェリクスにたどり着けるのか――。