CM現場のシズル撮影は昔から 不変のセット部分のオマケ感覚

広告写真の世界には、商品とシズル周りが専門のフォトグラファーが数多くいる。それならば露出量で写真をはるかに上回るCMの世界でも、その分野を専門とするプロフェッショナルたちがいるはずだと、この特集のために、何人かのCM関係者に尋ねてみた。すると口を揃えたように「日本にはアメリカと違って、商品のシズル撮影専門の『テーブルトップ・スタジオ』はないし、専門のディレクターやキャメラマンもいない」という答えが返って来た。そして「商品やシズル部分の撮影は、昔からセットでのドラマ部分の撮影が終わってタレントを送り出した後に、ステージの隅で少数のスタッフが集まって朝まで頑張るぞ!と気合いを入れて地味に行なうオマケみたいなもの。これは昔から変わっていないよ」とも付け加わる。どうやら日本のCM界では、シズル周りは昔から今に至るまで重視されていない伝統があるようだ。確かに最近話題になるシズル表現力が減っているように感じる。しかし一方で、ビールシズルをアメリカのテーブルトップ・スタジオに発注しているのがブームになるといった話が数年前から飛び交う。このように、国内は軽視して、外国に派手な仕事を持っていく(いかれる)とは、「シズル撮影」の現場は一体どうなっているだろうか。そこで、このぺ一ジでは日本のCMシズルの現状を、関係者の証言で報告しよう。


シズル・ディレクターを名乗り仲間の技術スタッフ とチームを組んで動き始める

このように日本のCMシズル制作環境の不幸さを示す話が業界には山ほどある。しかし、前向きな話題ももちろんある。食品メーカーの料理シズルCMで活躍しているCMディレクターで、APA会員の写真家でもある細井威良氏が昨年からついに「シズル・ディレクター」の看板を新たに掲げた。「料理スタイリストが認められている日本で、なぜ料理のシズル・ディレクターがいないのか、がスタートの根本だった。以前から、料理を見せるのではなく商品や素材の本質に動きをつけて切取り、ビジュアル化するのは、シズル専門家の領域ではないかと感じていた。そこでCM表現のボーダレス化の流れも踏まえて、アメリカのようなシズル専門チームの必要性が増し、シズル専門のB班でもビジネスになる道を開拓するには今がチャンスだと思った」と抱負を語る。「シズルヘの知識が少ないプランナーやプロデューサーが多いのが現状です。打合わせてもコンテは「象形文字」だけで『シズルはこんな感じで。あとはよろしく』です。でも商品の差別化を進めると、タレントではなくシズル表現に行き着く商品はかなりあるはず。ですからそのことも踏まえて、料理周辺のおいしさ、素材のもつ新鮮さ訴求という表現アプローチを定着させたい」細井氏が目指しているのは、ノウハウの蓄積が図れる制作スタッフのチーム化。もちろんアメリカのテーブルトップスタジオが理想という。「彼らが力を持つのは膨大なノウハウの蓄積があるからです。毎回ゼロからスタートする日本との差がそこにあり、経費面でもかなり効率的」という。
そこで、シズル撮影に理解のあるキャメラマンや照明に特機・仕掛けのスタッフを「細井組」としてまとめ、シズルの仕事は同じメンバーであたることにしている。「シズルは微妙な世界だから、あ・うんの呼吸でないと簡単にいかない。ノウハウを共有している仲間だからやりやすいね。そういった環境で、ごくわずかな一瞬を追求するのがこの世界です」


NY流のビールシズルに真っ向から挑戦する 日本のシズルチーム

さて、日本のCMでは珍しく、シズル表現の存在感をドラマ部と同等に引き上げて、展開してきたのがアサヒビールのスーパードライである(詳細は下の囲み記事参照)。95年のCMから「ダイナミックなシズルが味の印象をより鮮明にする」という方針の元に、ドラマ部とシズル部分の2重構造とし、シズル撮影をニューヨークのテーブルトップ・スタジオに発注している。だが、この5年間でクリエイティブ上の約束の範囲内であらゆる表現をやりつくしたこともあり、2000年分から日本でも制作している。担当はギブスの木原義明氏が中心のスタッフ。因みに木原氏は細井威良氏率いるシズルチームの、仕掛け面でのキーパーソンでもある。「映像制作が全てデジタル化する中でも、特に水周りのシズルだけは最後までアナログ。やってみないと分からない世界。そんな環境でプロデューサーからスーパードライの話がきた。広告主や広告制作者の誰もがシズルの重要さを理解している仕事ですから、喜んで引き受けました。確かにありとあらゆる表現がなされているため、企画部分で苦しいのは事実ですがアメリカ人には負けたくない」と木原氏は胸を張る。この仕事の特徴は、テストの時間がとれる余裕がある点という。何よりその段階で、CD以下のスタッフが会社まで見にきて指示を出すため、回り道をせずに済む点が効率的と語る。「CMシズル表現の不毛地帯」といわれる日本だが関係者の話を聞くと、個々のレベルではあるが現状打破に向けた動きを感じる。となると、次に必要なのはシズルを活かした企画だろう。「卵が先か鶏が先か」も始めないと進まないのだ。(S)

【「玄光社」コマーシャル・フォト 2000/8月号 No445 P74〜P77より】