もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

大乗思想と類似=心即ほとけ・三界唯心
(A)心即ほとけ・三界唯心
「正法眼蔵随聞記」
- 「夜話に云く、祖席に禅話を覚得る故実は、我本知り思ふ心を、次第に知識の言に随て改めて去(ゆ)く也。仮令、仏と云は、我本知たる様は、相好光明具足し、説法利生の徳有し、釋迦弥陀等を仏と知たりとも、知識、若、仏と云は、蝦蟇蚯蚓(がまみみず)ぞ、と云はば、蝦蟇蚯蚓を、是を仏と信じて、日比の智恵を捨也。此蚯蚓上に、仏の相好光明、種々の仏の所具の徳を求るも、猶、情見改たまらざる也。只、当時の見ゆる処を、仏と知る也。若、是の如く、言に従がって、情見本執を改めもて去けば、自(おのずから)、合ふ処あるべき也。然るに、近代の学者、自らが情見を執して、己見にたがふ時は、仏とは、とこぞ有べけれ、又、我存ずる様にたがへば、さは有まじ、なんどと言て、自が情量に似る事や有ると迷いありく呈に、をほかた仏道の昇進無き也。
亦、身を惜て、百尺の竿頭に上て、手足を放て、一歩進め、と言時は、命有てこそ、仏道も学せめ、と云て、真実に知識に随順せざる也。能々思量すべし。」(1)
(否定)
- 「しめしていはく、しるべし、佛家には教の殊劣を對論することなく法の淺深をえらばず、ただし修行の眞僞をしるべし。草花山水にひかれて佛道に流入することありき、土石沙礫をにぎりて佛印を稟持することあり。いはむや廣大の文字は萬象にあまりてなほゆたかなり、轉大法輪又一塵にをさまれり。しかあればすなはち、即心即佛のことば、なほこれ水中の月なり、即坐成佛のむね、さらに又かがみのうちのかげなり。ことばのたくみにかかはるべからず。いま直證菩提の修行をすすむるに、佛祖單傳の妙道をしめして、眞實の道人とならしめんとなり。」(2)
(注)
- (1)「正法眼蔵随聞記」、「道元禅師全集」第7巻、春秋社、1990年、73頁。
- (2)「弁道話」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、467頁。
(b)「心即ほとけ」の否定
「弁道話」
- 「とうていはく、あるがいはく、佛法には、即心是佛のむねを了達しぬるがごときは、くちに經典を誦せず、身に佛道を行ぜざれども、あへて佛法にかけたるところなし。ただ佛法はもとより自己にありとしる、これを得道の全圓とす。このほかさらに他人にむかひてもとむべきにあらず。いはむや坐禪辨道をわづらはしくせむや。
しめしていはく、このことば、もともはかなし。もしなんぢがいふごとくならば、こころあらむもの、たれかこのむねををしへむに、しることなからむ。
しるべし、佛法はまさに自他の見をやめて學するなり。もし、自己即佛としるをもて得道とせば、釋尊むかし化道にわづらはじ。しばらく古徳の妙則をもて、これを證すべし。
むかし、則公監院といふ僧、法眼禪師の會中にありしに、法眼禪師とうていはく、則監寺、なんぢわが會にありていくばくのときぞ。
則公がいはく、われ師の會にはむべりて、すでに三年をへたり。
禪師のいはく、なんぢはこれ後生なり、なんぞつねにわれに佛法をとはざる。
則公がいはく、それがし和尚をあざむくべからず。かつて青峰の禪師のところにありしとき、佛法におきて安樂のところを了達せり。
禪師のいはく、なんぢいかなることばによりてか、いることをえし。
則公がいはく、それがしかつて青峰にとひき、いかなるかこれ學人の自己なる。青峰のいはく、丙丁童子來求火。
法眼のいはく、よきことばなり。ただしおそらくはなんぢ會せざらむことを。
則公がいはく、丙丁は火に屬す。火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと會せり。
禪師のいはく、まことにしりぬ、なんぢ會せざりけり。佛法もしかくのごとくならば、けふまでつたはれじ。
ここに則公懆悶して、すなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禪師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり。わが非をいさむる、さだめて長處あらむ。禪師のみもとにかへりて懺悔禮謝してとうていはく、いかなるかこれ學人の自己なる。
禪師のいはく、丙丁童子來求火と。
則公、このことばのしたに、おほきに佛法をさとりき。
あきらかにしりぬ、自己即佛の領解をもて佛法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即佛の領解を佛法とせば、禪師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず。ただまさに、はじめ善知識をみむより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禪辨道して、一知半解を心にとどむることなかれ。佛法の妙術、それむなしからじ。」(1)
(注)
- (1)「弁道話」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、477頁。
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