もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

煩悩障の捨棄
(A)煩悩障の捨棄
「正法眼蔵随聞記」
- 「我執を捨て、知識の教えに随ふ也。其大意は、貪欲無也。貪欲無からんと、思はば、先須く吾我を離るべき也。吾我を離るるには、観無常、是第一の用心也。
世人多、我は元より、人に、よしと言れ思はれんと思ふ也。其が即、よくも成得ぬ也。只、我執を次第に捨て、知識の言に随いゆけば、昇進する也。
禅僧のよく成る第一の用心、只管打坐すべき也。利鈍賢愚を論ぜず、坐禅すれば自然に好くなるなり。」(1)
- 「かくのごときの間、瞋恚起り、恥辱来るなり。貧にして貪らざる時は、先ず此の難をまぬかる。安楽自在なり。証拠眼前なり。」(2)
(注)
- (1)「正法眼蔵随聞記」、「道元禅師全集」第7巻、春秋社、1990年、66頁。
- (2)同上、106頁。
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