もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

(この文献の中から、このテーマについて、まだ、全収録には至っていませんが、別の論考で触れているため、一応、一部を記載したものをアップロードしておきます。)
中国禅の肯定
(A)中国禅の肯定
「正法眼蔵随聞記」
- 「又我がをこせる心は、皆経論・伝記等には、厭い悪み、きらへる心にて、有りけりと思より、漸く心つきて思に、道理をかんがふれば、名聞を思とも、当代下劣の人に、よしと思はれんよりも、上古の賢者、向後の善人を恥べし。ひとしからん事を思とも、此国の人よりも、唐土天竺の先達、高僧を恥べし。かれにひとしからんと思ふべし。」(1)
(注)
- (1)「正法眼蔵随聞記」、「道元禅師全集」第7巻、春秋社、1990年、121頁。
- (2)同上、xx頁。
- (3)同上、xx頁。
- (4)同上、xx頁。
- (5)同上、xx頁。
- (6)同上、xxx頁。
(B)中国禅の指導法を肯定
- 「信心銘にいわく、至道かたき事なし。ただ、揀択(けんじゃく)を嫌ふ。揀択の心を放下しつれば、直下に承当するなり。揀択の心を放下すというは、我を離るる也。いわゆる、我が身仏道をならん為に、仏法を学することなかれ。只、仏法の為に、仏法を行じゆく也。たとひ千経万論を学し得、坐禅、とこをやぶるとも、此の心無くば、仏祖の道を学し得べからず。只、須く身心を放下して、仏法の中に他に随ふて、旧見なければ、即ち直下に承当する也。」(1)
(注)
- (1)「正法眼蔵随聞記」、「道元禅師全集」第7巻、春秋社、1990年、144頁。
- (2)同上、xx頁。
- (3)同上、xx頁。
- (4)同上、xx頁。
- (5)同上、xx頁。
- (6)同上、xxx頁。