もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
索引ー「た」
あ
か
さ
た
な
は
ま
や
ら
わ
た
- 「退転」「不退転」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、280頁。「不退転」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、287頁。「退転」「不退」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、289頁。「退不退」
- 「発菩提心」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、335頁。「しかあればすなはち、國城妻子、七寶男女、頭目髓腦、身肉手足をほどこす、みな菩提心の鬧聒聒なり、菩提心の活@@(ぱつぱつ)なり、いまの質多、慮知の心、ちかきにあらず、とほきにあらず、みづからにあらず、他にあらずといへども、この心をもて、自未得度先度他の道理にめぐらすこと不退轉なれば、發菩提心なり。」(@=魚偏に發 )
- 「発菩提心」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、340頁。
「菩提心をまぼらんこと、佛語あきらかにかくのごとし。守護して退轉なからしむるゆゑは、世間の常法にいはく、たとひ生ずれども熟せざるもの三種あり。いはく、魚子、菴羅果、發心菩薩なり。おほよそ退失のものおほきがゆゑに、われも退失とならんことを、かねてよりおそるるなり。このゆゑに菩提心を守護するなり。
菩薩の初心のとき、菩提心を退轉すること、おほくは正師にあはざるによる。正師にあはざれば正法をきかず、正法をきかざればおそらくは因果を撥無し、解脱を撥無し、三寶を撥無し、三世等の諸法を撥無す。」
- 「発菩提心」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、341頁。
「もはら自未得度先度他の行願を退轉せざるべし。」
- 「発菩提心」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、342頁。
「上來これ龍樹祖師の施設なり、行者しりて勤學すべし。いたづらに魔@(にょう)をかうぶりて、菩提心を退轉せざれ、これ守護菩提心なり。」(@=女偏に尭)
- 「帰依仏法僧宝」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、342頁。「いまわれら宿善のたすくるによりて、如來の遺法にあふたてまつり、晝夜に三寶の寶號をききたてまつること、時とともにして不退なり。」
- 「一百八法明門」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、445頁。「不退轉地是れ法明門なり、往昔の諸佛の法を具足するが故に。」
- 「八大人覚」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、453頁。
「四つには懃精進。諸の善法に於て、懃修すること無間なり、故に精進と云ふ。精にして雜ならず、進んで退かず。」
- 「脱落」
- 「袈裟功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、305頁。「梁陳隋唐宋あひつたはれて數百歳のあひだ、大小兩乘の學者、おほく講經の業をなげすてて、究竟にあらずとしりて、すすみて佛祖正傳の法を習學せんとするとき、かならず從來の弊衣を脱落して、佛祖正傳の袈裟を受持するなり。まさしくこれ捨邪歸正なり。」
- 「袈裟功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、305頁。「たとひ松菊の糞掃と生長せるありとも、非情ならじ、糞掃なるべし。糞掃の絹布にあらず、金銀珠玉にあらざる道理を信受するとき、糞掃現成するなり。絹布の見解いまだ脱落せざれば、糞掃也未夢見在なり。」
- 「袈裟功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、307頁。「熟脱」
ち
- 「xx」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、287頁。
- 「xx」
つ
- 「xx」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、287頁。
- 「xx」
て
- 「xx」
- 「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、287頁。
- 「xx」
と
- 「堂奥」
- 「梅華」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、71頁。
- 「眼睛」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、120頁。
- 「三十七菩提分法」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、142頁。
- 「三十七菩提分法」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、147頁。
- 「受戒」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、296頁。「その應受菩薩戒の儀、ひさしく佛祖の堂奥に參學するもの、かならず正傳す。疎怠のともがらのうるところにあらず。」「その儀ひさしく佛祖の堂奥に正傳せり。」
- 「xx」
あ
か
さ
た
な
は
ま
や
ら
わ
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「てづくり素材館 Crescent Moon」