もう一つの仏教学・禅学

新大乗ー現代の仏教を考える会

 
仏教学・禅学の批判




悟りの智慧=勧坐禅儀・学道用心集


(A)用いる

「普勧坐禅儀」

「学道用心集」

(B)xx


 
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「てづくり素材館 Crescent Moon」
  • 「況や衲子の仏道を行ずる、必ず二た心なき時、真とに仏道にかなふべし。仏道には慈悲智恵、もとよりそなわれる人もあり。たとひ無けれども、学すればうる也。只だ身心を倶に放下して、三宝の海に廻向して、仏法の教えに任せて、私曲を存する事なかれ。
     漢の高祖の時、或堅臣の云く、政道の理乱は、縄の結おれるを解が如し。急にすべからず。能々結び目をもて解べし。仏道も是の如し。能々道理を心得て、行ずべき也。法門をよく心得る人は、必ず道心ある人の、よく心得る也。いかに利智聡明なる人も、無道心にして、吾我をも離れず、名利をも捨てざる人わ、道者ともならず、正理をも心得ぬ也。」(12)「正法眼蔵随聞記」131
  • 「況や衲子の仏道を行ずる、必ず二た心なき時、真とに仏道にかなふべし。仏道には慈悲智恵、もとよりそなわれる人もあり。たとひ無けれども、学すればうる也。只だ身心を倶に放下して、三宝の海に廻向して、仏法の教えに任せて、私曲を存する事なかれ。
     漢の高祖の時、或堅臣の云く、政道の理乱は、縄の結おれるを解が如し。急にすべからず。能々結び目をもて解べし。仏道も是の如し。能々道理を心得て、行ずべき也。法門をよく心得る人は、必ず道心ある人の、よく心得る也。いかに利智聡明なる人も、無道心にして、吾我をも離れず、名利をも捨てざる人わ、道者ともならず、正理をも心得ぬ也。」(6)「正法眼蔵随聞記」131 (最初から慈悲智慧があるわけではない)