もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
見性否定か=普勧坐禅儀・学道用心集
(A)見性否定か
「学道用心集」
- 「あるが云く、菩提心とは無上正覚心なり、名聞利養に拘わるべからず。あるが云く、一念三千の観解なり。あるが云く、一念不生の法門なり。あるが云く、入仏界の心なりと。かくの如きの輩未だ菩提心を知らず、猥りに菩提心を謗ず。仏道の中において遠くして遠し。試みに吾我名利の当心を顧みよ、一念三千の性相を融ずるや否や、一念不生の法門を証するや否や。ただ貪名愛利の妄念のみありて、更に菩提道心の取るべきなきをや。古来得道得法の聖人、同塵の方便ありといえども、未だ名利の邪念あらず。法執すらなおなし、況や世執をや。いわゆる菩提心とは、前来云う所の無常を観ずる心便ちこれその一なり、全く狂者の指す所にあらず。かの不生の念三千の相は、発心以後の妙行なり、猥るべからざるか。」(1)
(注)
- (1)「学道用心集」、「道元禅師全集」第5巻、春秋社、1989年、16頁。
(A)坐禅が究極の悟りか
「普勧坐禅儀」
- 「それ参禅は静室よろしく、飲食節あり、諸縁を放捨し、万事を休息して、善悪を思わず、是非を管することなかれ。心意識の運転をやめ、念想観の測量を止めて、作仏を図ることなかれ。あに坐臥にかかわらんや。」(1)
- 「祖祖の三昧を嫡嗣せよ。久しく恁麼なることを為さば、須くこれ恁麼なるべし。」(2)
(注)
- (1)「普勧坐禅儀」、「道元禅師全集」第5巻、春秋社、1989年、4頁。
- (2)同上、8頁。
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