もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

道元は日本独自の禅を始めたのではないー勧坐禅儀・学道用心集
(A)日本独自ではない
「学道用心集」
- 「この身心をもって直に仏を証する、これ承当なり。いわゆる従来の身心を廻転せず、ただ他の証に随って去るを直下と名づけ、承当と名づくるなり。ただ他に随い去る、所以に旧見にあらず。ただ承当し去る、所以に新巣にあらざるなり。」(1)
(注)
- (1)「学道用心集」、「道元禅師全集」第5巻、春秋社、1989年、36頁。
- (2)同上、x頁。
「正法眼蔵随聞記」
- 「世間の治世は、先規有道を稽(たしなみ)求むれども、猶、先達知識の、たしかに相伝したるなければ、自し、たがふる事も有也。仏子は、たしかなる、先規教文顕然也。又、相承伝来の、知識現在せり。我に思量あり、四威儀の中にをいて、一々に先規を思ひ、先達にしたがひ、修行せんに、必、道を得べき也。俗は天意に合せんと思ひ、衲子は仏意に合せんと修す。業等して、得果勝れたり。一得永得、大安楽の為に、一世幻化の身を、苦しめて、仏意に随はんは、行者の心にあるべし。
然りといえども、又、すぞろに身を苦しめ、作すべからざる事を作せと、仏教には、すすむること無き也。戒行律儀に随ひ行けば、自然に身安く、行儀も尋常に、人目も安き也。只、今案の我見の安立をすてて、一向、仏制にしたがうべき也。」(1)
(注)
- (1)「正法眼蔵随聞記」、「道元禅師全集」第7巻、春秋社、1990年、101頁。
- (2)同上、x頁。
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