もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
正師・得法の師=「正法眼蔵弁道話」
正師・得法の師に教えを受けよ。
(a)正師・得法の師
「弁道話」
- 「ただまさにしるべし、七佛の妙法は、得道明心の宗匠に、契心證會の學人あひしたがうて正傳すれば、的旨あらはれて稟持せらるるなり。文字習學の法師のしりおよぶべきにあらず。しかあればすなはち、この疑迷をやめて、正師のをしへにより、坐禪辨道して諸佛自受用三昧を證得すべし。」(1)
- 「又、佛法を傳授することは、かならず證契の人をその宗師とすべし。文字をかぞふる學者をもてその導師とするにたらず。一盲の衆盲をひかんがごとし。いまこの佛祖正傳の門下には、みな得道證契の哲匠をうやまひて、佛法を住持せしむ。かるがゆゑに、冥陽の神道もきたりし歸依し、證果の羅漢もきたり問法するに、おのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし。餘門にいまだきかざるところなり。ただ、佛弟子は佛法をならふべし。」(2)
- 「又、釋尊の在世には、逆人邪見みちをえき。祖師の會下には、@者樵翁さとりをひらく。いはむやそのほかの人をや。ただ正師の教道をたづぬべし。」(3)
(注)
- (1)「弁道話」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、466頁。
- (2)同上、467頁。
- (3)同上、476頁。@=獸偏に葛(りょう)
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