もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
釈尊の正伝=「正法眼蔵弁道話」
釈尊の正伝
「弁道話」
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「大師釋尊、靈山會上にして法を迦葉につけ、祖祖正傳して、菩提達磨尊者にいたる。尊者、みづから神丹國におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の佛法傳來のはじめなり。
かくのごとく單傳して、おのづから六祖大鑑禪師にいたる。このとき、眞實の佛法まさに東漢に流演して、節目にかかはらぬむねあらはれき。ときに六祖に二位の神足ありき。南嶽の懷讓と青原の行思となり。ともに佛印を傳持して、おなじく人天の導師なり。その二派の流通するに、よく五門ひらけたり。いはゆる法眼宗、@仰宗、曹洞宗、雲門宗、臨濟宗なり。見在、大宋には臨濟宗のみ天下にあまねし。五家ことなれども、ただ一佛心印なり。
大宋國も後漢よりこのかた、教籍あとをたれて一天にしけりといへども、雌雄いまださだめざりき。祖師西來ののち、直に葛藤の根源をきり、純一の佛法ひろまれり。わがくにも又しかあらむ事をこひねがふべし。
いはく、佛法を住持せし諸祖ならびに諸佛、ともに自受用三昧に端坐依行するを、その開悟のまさしきみちとせり。西天東地、さとりをえし人、その風にしたがえり。これ、師資ひそかに妙術を正傳し、眞訣を稟持せしによりてなり。」(1)
- 「しるべし、この禪宗の號は、神丹以東におこれり、竺乾にはきかず。はじめ達磨大師、嵩山の少林寺にして九年面壁のあひだ、道俗いまだ佛正法をしらず、坐禪を宗とする婆羅門となづけき。のち代代の諸祖、みなつねに坐禪をもはらす。これをみるおろかなる俗家は、實をしらず、ひたたけて坐禪宗といひき。いまのよには、坐のことばを簡して、ただ禪宗といふなり。そのこころ、諸祖の廣語にあきらかなり。六度および三學の禪定にならべていふべきにあらず。
この佛法の相傳の嫡意なること、一代にかくれなし。如來、むかし靈山會上にして、正法眼藏涅槃妙心、無上の大法をもて、ひとり迦葉尊者にのみ付法せし儀式は、現在して上界にある天衆、まのあたりにみしもの存ぜり、うたがふべきにたらず。おほよそ佛法は、かの天衆、とこしなへに護持するものなり、その功いまだふりず。
まさにしるべし、これは佛法の全道なり、ならべていふべきものなし。」(2)
- 「とうていはく、この坐禪の行は、いまだ佛法を證會せざせんものは、坐禪辨道してその證をとるべし。すでに佛正法をあきらめえん人は、坐禪なにのまつところかあらむ。
しめしていはく、癡人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。
それ、修證は一つにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。佛法には修證これ一等なり。いまも證上の修なるゆゑに、初心の辨道すなはち本證の全體なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに證をまつおもひなかれとをしふ、直指の本證なるがゆゑなるべし。すでに修の證なれば、證にきはなく、證の修なれば、修にはじめなし。ここをもて釋迦如來、迦葉尊者、ともに證上の修に受用せられ、達磨大師、大鑑高祖、おなじく證上の修に引轉せらる。佛法住持のあと、みなかくのごとし。
すでに證をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を單傳せる、初心の辨道すなはち一分の本證を無爲の地にうるなり。しるべし、修をはなれぬ證を染汚せざらしめんがために、佛祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下すれば本證手の中にみてり、本證を出身すれば、妙修通身におこなはる。」(3)
(注)
- (1)「弁道話」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、460頁。
- (2)同上、468頁。
- (3)同上、470頁。
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