もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

(この文献の中から、このテーマについて、まだ、全収録には至っていませんが、別の論考で触れているため、一応、一部を記載したものをアップロードしておきます。)
無所得・無所期=七十五巻「正法眼蔵」ー越前下向前
(a)無所得・無所期
「正法眼蔵」
- 「諸佛かならず威儀を行足す、これ行佛なり。行佛それ報佛にあらず、化佛にあらず、自性身佛にあらず、他性身佛にあらず。始覺本覺にあらず、性覺無覺にあらず。如是等佛、たえて行佛に齊肩することうべからず。
しるべし、諸佛の佛道にある、覺をまたざるなり。佛向上の道に行履を通達せること、唯行佛のみなり。自性佛等、夢也未見在なるところなり。」(1)
(注)
- (1)「行仏威儀」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、59頁。
- (2)同上、xx頁。
(b)生死即涅槃
「正法眼蔵」
- 「しるべし、生死は佛道の行履なり、生死は佛家の調度なり。使也要使なり、明也明得なり。ゆゑに諸佛はこの通塞に明明なり、この要使に得得なり。この生死の際にくらからん、たれかなんぢをなんぢといはん。たれかなんぢを了生達死漢といはん。生死にしづめりときくべからず、生死にありとしるべからず、生死を生死なりと信受すべからず、不會すべからず、不知すべからず。」(1)
(注)
- (1)「行仏威儀」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、64頁。
- (2)同上、xx頁。
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