もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

(この文献の中から、このテーマについて、まだ、全収録には至っていませんが、別の論考で触れているため、一応、一部を記載したものをアップロードしておきます。)
悟道の例ー七十五巻「正法眼蔵」ー越前下向前
(A)悟道の例
「正法眼蔵」
- 「裟婆世界大宋國、福州玄沙山院宗一大師、法諱師備、俗姓者謝なり。在家のそのかみ釣魚を愛し、舟を南臺江にうかべて、もろもろのつり人にならひけり。不釣自上の金鱗を不待にもありけん。唐の咸通のはじめ、たちまちに出塵をねがふ。舟をすてて山にいる。そのとし三十歳になりけり。浮世のあやうきをさとり、佛道の高貴をしりぬ。つひに雪峰山にのぼりて、眞覺大師に參じて、晝夜に辨道す。
あるときあまねく諸方を參徹せんため、嚢をたづさへて出嶺するちなみに、脚指を石に築著して、流血し、痛楚するに、忽然として猛省していはく、是身非有、痛自何來(是の身有に非ず、痛み何れよりか來れる)。
すなはち雪峰にかへる。
雪峰とふ、那箇是備頭陀(那箇か是れ備頭陀)。
玄沙いはく、終不敢誑於人(終に敢へて人を誑かさず)。
このことばを雪峰ことに愛していはく、たれかこのことばをもたざらん、たれかこのことばを道得せん。」(1)
- 17人の僧、妙信尼の言葉に招かれて足を運ぶ時
「廨院主いはく、近前来。十七僧近前する、あゆみいまだやまざるに、廨院主いはく、不是風動、不是幡動、不是心動(これ風の動ずるにあらず、これ幡の動ずるにあらず、これ心の動ずるにあらず)。かくのごとく為道するに、十七僧ともに有省なり。礼謝して師資の儀をなす。すみやかに西蜀にかへる。つひに仰山にのぼらず。まことにこれ三賢十聖のおよぶところにあらず、仏祖嫡嫡の道業なり。」(2)
(注)
- (1)「一顆明珠」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、76頁。
- (2)「礼拝得髄」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1991年、305頁。
- (2)同上、x頁。
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