もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

(この文献の中から、このテーマについて、まだ、全収録には至っていませんが、別の論考で触れているため、一応、一部を記載したものをアップロードしておきます。)
坐のみではないー七十五巻「正法眼蔵」ー越前下向後
中国禅の肯定
「正法眼蔵」
- 「億千萬劫の參學を拈來して團Cせしむるは、八萬四千の眼睛なり。
先師天童古佛、住瑞巖時、上堂示衆云、秋風清、秋月明。大地山河露眼睛。瑞巖點瞎重相見。棒喝交馳驗衲僧(先師天童古佛、瑞巖に住せし時、上堂の示衆に云く、秋風清く、秋月明らかなり。大地山河露眼睛なり。瑞巖點瞎して重ねて相見す。棒喝交馳して衲僧を驗す)。
いま衲僧を驗すといふは、古佛なりやと驗するなり。その要機は、棒喝の交馳せしむるなり、これを點瞎とす。恁麼の見成活計は眼睛なり。山河大地、これ眼睛裏の朕兆不打なり。秋風清なり、一老なり。秋月明なり、一不老なり。秋風清なる、四大海も比すべきにあらず。秋月明なる、千日月よりもあきらかなり。清明は眼睛なる山河大地なり。衲僧は佛祖なり。大悟をえらばず、不悟をえらばず、朕兆前後をえらばず、眼睛なるは佛祖なり。驗は眼睛露なり。瞎現成なり、活眼睛なり。相見は相逢なり。相逢相見は眼頭尖なり、眼睛霹靂なり。おほよそ渾身はおほきに、渾眼はちひさかるべしとおもふことなかれ。往往に老老大大なりとおもふも、渾身大なり、渾眼小なりと解會せり。これ未具眼睛のゆゑなり。」(1)
- 「」(2)
-
「」(3)
(注)
- (1)「眼睛」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、118頁。
- (2)「」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、71頁。
- (3)「」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、87頁。@=网頭に圭(けい)
- (4)「」、「道元禅師全集」第1巻、春秋社、1991年、87頁。&=广垂に臾(ゆ)
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