もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
七十五巻「正法眼蔵」と矛盾か=十二巻「正法眼蔵」
(A)矛盾か
「正法眼蔵」
- 「あるがいはく、諸佛如來ひろく法界を證するゆゑに、微塵法界、みな諸佛如來の所證なり。しかあれば、依正二報ともに如來の所證となりぬるがゆゑに、山河大地、日月星辰、四倒三毒、みな如來の所證なり。山河をみるは如來をみるなり、三毒四倒佛法にあらずといふことなし。微塵をみるは法界をみるにひとし。造次顛沛、みな三菩提なり。これを大解脱といふ。これを單傳直指の祖道となづく。
かくのごとくいふともがら、大宋國に稻麻竹葦のごとく、朝野に遍滿せり。しかあれども、このともがら、たれ人の兒孫といふことあきらかならず、おほよそ佛祖の道をしらざるなり。たとひ諸佛の所證となるとも、山河大地たちまちに凡夫の所見なかるべきにあらず、諸佛の所證となる道理をならはず、きかざるなり。なんぢ微塵をみるは法界をみるにひとしといふ、民の王にひとしといはんがごとし。またなんぞ法界をみて微塵にひとしといはざる。もしこのともがらの所見を佛祖の大道とせば、諸佛出世すべからず、祖師出現すべからず、衆生得道すべからざるなり。たとひ生即無生と體達すとも、この道理にあらず。」(1)
(注)
- (1)「四禅比丘」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、430頁。
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