もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判

(まだ、全収録には至っていませんが、別の論考で触れているため、一応、一部を記載したものをアップロードしておきます。)
仏道の階位=十二巻「正法眼蔵」
- 「これすなはち一百八法明門なり。一切の一生所繋の菩薩、都史多天より閻浮提に下生せんとするとき、かならずこの一百八法明門を、都史多天の衆のために敷揚して、諸天を化するは、諸佛の常法なり。
護明菩薩とは、釋迦牟尼佛、一生補處として第四天にましますときの名なり。李附馬、天聖廣燈録を撰するに、この一百八法明門の名字をのせたり。參學のともがら、あきらめしれるはすくなく、しらざるは稻麻竹葦のごとし。いま初心晩學のともがらのためにこれを撰す。師子の座にのぼり、人天の師となれらんともがら、審細參學すべし。この都史多天に一生所繋として住せざれば、さらに諸佛にあらざるなり。行者みだりに我慢することなかれ、一生所繋の菩薩は中有なし。」(1)
(注)
- (1)「一百八法明門」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、450頁。
- (2)同上、xx頁。
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