もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
「因果」=十二巻「正法眼蔵」
「因果」
十二巻本「正法眼蔵」
- 「如是種種因縁、出家之功徳無量。以是白衣雖有五戒、不如出家
(是の如くの種種の因縁ありて、出家の功徳無量なり。是れを以て白衣に五戒有りと雖も、出家には如かず)。」(1)
- 「しるべし、今生の人身は、四大五蘊、因縁和合してかりになせり、八苦つねにあり。いはんや刹那刹那に生滅してさらにとどまらず、いはんや一彈指のあひだに六十五の刹那生滅すといへども、みづからくらきによりて、いまだしらざるなり。すべて一日夜があひだに、六十四億九万九千九百八十の刹那ありて五蘊生滅すといへども、しらざるなり。あはれむべし、われ生滅すといへども、みづからしらざること。この刹那生滅の量、ただ佛世尊ならびに舍利弗とのみしらせたまふ。餘聖おほかれども、ひとりもしるところにあらざるなり。この刹那生滅の道理によりて、衆生すなはち善惡の業をつくる、また刹那生滅の道理によりて、衆生發心得道す。」(2)
- 「如來般涅槃時、迦葉菩薩、白佛言、世尊、如來具足知諸根力、定知善星當斷善根。以何因縁、聽其出家(如來般涅槃したまひし時、迦葉菩薩、佛に白して言さく、世尊、如來は諸の根を知る力を具足したまふ、定んで善星當に善根を斷ずべきを知りたまひしならん。何の因縁を以てか、其の出家を聽したまひしや)。
佛言、善男子、我於往昔、初出家時、吾弟難陀、從弟阿難、調達多、子羅@羅、如是等輩、皆悉隨我出家修道。我若不聽善星出家、其人次當王得紹王位、其力自在、當壞佛法。以是因縁、我便聽其出家修道(佛言はく、善男子、我れ往昔に於て、初めて出家せし時、吾が弟難陀、從弟阿難、調達多、子羅@羅、是の如き等の輩、皆な悉く我に隨つて出家修道せり。我れ若し善星が出家を聽さずは、其の人次に當に王として王位を紹ぐことを得て、其の力自在にして、當に佛法を壞るべし。是の因縁を以て、我れ便ち其の出家修道を聽しき)。
善男子、善星比丘、若不出家、亦斷善根、於無量世、都無利益。令出家已、雖斷善根、能受持戒、供養恭敬耆舊、長宿、有徳之人、修習初禪乃至四禪。是名善因。如是善因、能生善法。善法既生、能修習道。既修習道、當得阿耨多羅三藐三菩提。是故我聽善星出家。善男子、若我不聽善星比丘出家受戒、則不得稱我爲如來具足十力(善男子、善星比丘若し出家せざるも、亦た善根を斷じ、無量世に於て都て利益無けん。出家せしめ已りぬれば、善根を斷ずと雖も、能く戒を受持し、耆舊、長宿、有徳の人を供養し恭敬し、初禪乃至四禪を修習す。是れを善因と名づく。是の如くの善因は、能く善法を生ず。善法既に生じぬれば、能く道を修習す。既に道を修習しぬれば、當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。是の故に我れ善星が出家を聽しき。善男子、若し我れ善星比丘が出家受戒を聽さずは、則ち我れを稱して如來具足十力と爲すこと得じ)。
善男子、佛觀衆生、具足善法及不善法。是人雖具如是二法、不久能斷一切善根、具不善根。何以故、如是衆生、不親善友、不聽正法、不善思惟、不如法行。以是因縁、能斷善根、具不善根(善男子、佛、衆生を觀じたまふに、善法と及び不善法とを具足す。是の人是の如くの二法を具すと雖も、久しからずして能く一切善根を斷じて不善根を具せん。何を以ての故に、是の如くの衆生は、善友に親しまず、正法を聽かず、善思惟せず、如法に行せず。是の因縁を以て、能く善根を斷じて不善根を具す)。
しるべし、如來世尊、あきらかに衆生の斷善根となるべきをしらせたまふといへども、善因をさづくるとして出家をゆるさせたまふ、大慈大悲なり。斷善根となること、善友にちかづかず、正法をきかず、善思惟せず、如法に行ぜざるによれり。いま學者、かならず善友に親近すべし、善友とは、諸佛ましますととくなり、罪福ありとをしふるなり。因果を撥無せざるを善友とし、善知識とす。この人の所説、これ正法なり。この道理を思惟する、善思惟なり。かくのごとく行ずる、如法行なるべし。
しかあればすなはち、衆生は親疎をえらばず、ただ出家受戒をすすむべし。のちの退不退をかへりみざれ、修不修をおそるることなかれ。これまさに釋尊の正法なるべし。」(3)
- 「第十七祖僧伽難提尊者、室羅閥城寶莊嚴王之子也。生而能言、常讃佛事。七歳即厭世樂、以偈告其父母曰
(第十七祖僧伽難提尊者は、室羅閥城寶莊嚴王の子なり。生れて能く言ひ、常に佛事を讃む。七歳にして即ち世樂を厭ひ、偈を以て其の父母に告げて曰く)、 稽首大慈父(稽首す大慈父)、
和南骨血母(和南す骨血母)。
我今欲出家(我れ今出家せんと欲ふ)、
幸願哀愍故(幸願はくは哀愍したまふが故に)。
父母固止之。遂終日不食。乃許其在家出家、號僧伽難提、復命沙門禪利多、爲之師。積十九載、未甞退倦。尊者毎自念言、身居王宮、胡爲出家
(父母固く之れを止む。遂に終日食はず。乃ち其の家に在りて出家せんことを許す。僧伽難提と號け、復た沙門禪利多に命じて之が師たらしむ。十九載を積むに、未だ甞て退倦せず。尊者毎に自ら念言すらく、身、王宮に居す、胡んぞ出家たらん)。
一夕天光下屬、見一路坦平。不覺徐行約十里許、至大岩前有石窟焉。乃燕寂于中。父既失子、即擯禪利多、出國訪尋其子、不知所在。經十年、尊者得法授記已、行化至摩提國
(一夕、天光下り屬し、一路坦平なるを見る。覺えず徐ろに行くこと約十里許りにして、大岩の前に至るに石窟有り焉。乃ち中に燕寂せり。父、既に子を失ひ、即ち禪利多を擯し、國を出でて其の子を訪尋ねしむるも、所在を知らず。十年を經て、尊者、得法授記し已りて、行化して摩提國に至る)。
在家出家の稱、このときはじめてきこゆ。ただし宿善のたすくるところ、天光のなかに坦路をえたり。つひに王宮をいでて石窟にいたる。まことに勝躅なり。世樂をいとひ俗塵をうれふるは聖者なり。五欲をしたひ出離をわするるは凡愚なり。代宗、肅宗、しきりに僧徒にちかづけりといへども、なほ王位をむさぼりていまだなげすてず。盧居士はすでに親を辭して祖となる、出家の功徳なり。@(ほう)居士はたからをすててちりをすてず、至愚なりといふべし。盧公の道力と@(ほう)公が稽古と、比類にたらず。あきらかなるはかならず出家す、くらきは家にをはる、黒業の因縁なり。」(4)
- 「鎭州臨濟院義玄禪師曰、夫出家者、須辨得平常眞正見解、辨佛辨魔、辨眞辨僞、辨凡辨聖。若如是辨得、名眞出家。若魔佛不辨、正是出一家入一家、喚作造業衆生。未得名爲眞正出家
(鎭州臨濟院義玄禪師曰く、夫れ出家は、須らく平常眞正の見解を辨得し、辨佛辨魔、辨眞辨僞、辨凡辨聖すべし。若し是の如く辨得せば、眞の出家と名づく。若し魔佛辨ぜざれば、正に是れ一家を出でて一家に入るなり、喚んで造業の衆生と作す。未だ名づけて眞正の出家と爲すこと得ず)。
いはゆる平常眞正見解といふは、深信因果、深信三寶等なり。辨佛といふは、ほとけの因中果上の功徳を念ずることあきらかなるなり。眞僞凡聖をあきらかに辨肯するなり。もし魔佛をあきらめざれば、學道を沮壞し、學道を退轉するなり。魔事を覺知してその事にしたがはざれば、辨道不退なり。これを眞正出家の法とす。いたづらに魔事を佛法とおもふものおほし、近世の非なり。學者、はやく魔をしり佛をあきらめ、修證すべし。」(5)
- 「菩薩の初心のとき、菩提心を退轉すること、おほくは正師にあはざるによる。正師にあはざれば正法をきかず、正法をきかざればおそらくは因果を撥無し、解脱を撥無し、三寶を撥無し、三世等の諸法を撥無す。いたづらに現在の五欲に貪著して、前途菩提の功徳を失す。」(6)
- 「佛言、
若無過去世(若し過去世無くんば)、
應無過去佛(應に過去佛無かるべし)。
若無過去佛(若し過去佛無くんば)、
無出家受具(出家受具無けん)。
あきらかにしるべし、三世にかならず諸佛ましますなり。しばらく過去の諸佛におきて、そのはじめありといふことなかれ、そのはじめなしといふことなかれ。もし始終の有無を邪計せば、さらに佛法の習學にあらず。過去の諸佛を供養したてまつり、出家し、隨順したてまつるがごとき、かならず諸佛となるなり。供佛の功徳によりて作佛するなり。いまだかつて一佛をも供養したてまつらざる衆生、なにによりてか作佛することあらん。無因作佛あるべからず。」(7)
- 「復次、有小因大果、小縁大報。如求佛道、讃一偈、一稱南無佛、燒一捻香、必得作佛。何況聞知諸法實相、不生不滅、不不生不不滅、而行因縁業、亦不失
(復た次に、小因大果、小縁大報といふこと有り。佛道を求むるが如き、一偈を讃め、一たび南無佛を稱じ、一捻香を燒く、必ず作佛することを得ん。何に況んや諸法實相、不生不滅、不不生不不滅を聞知して、而も因縁の業を行ぜん、また失せじ)。
世尊の所説、かくのごとくあきらかなるを、龍樹祖師したしく正傳しましますなり。誠諦の金言、正傳の相承あり。たとひ龍樹祖師の所説なりとも、餘師の説に比すべからず。世尊の所示を正傳流布しましますにあふことをえたり、もともよろこぶべし。これらの聖教を、みだりに東土の凡師の虚説に比量することなかれ。」(8)
- 「この因縁、むかしは先師の室にして夜話をきく、のちには智論の文にむかうてこれを檢校す。傳法祖師の示誨、あきらかにして遺落せず。この文、智度論第十にあり。諸佛かならず諸法實相を大師としましますこと、あきらけし。釋尊また諸佛の常法を證しまします。
いはゆる諸法實相を大師とするといふは、佛法僧三寶を供養恭敬したてまつるなり。諸佛は無量阿僧祇劫そこばくの功徳善根を積集して、さらにその報をもとめず、ただ功徳を恭敬して供養しましますなり。佛果菩提のくらゐにいたりてなほ小功徳を愛し、盲比丘のために衽針しまします。佛果の功徳をあきらめんとおもはば、いまの因縁、まさしく消息なり。
しかあればすなはち、佛果菩提の功徳、諸法實相の道理、いまのよにある凡夫のおもふがごとくにはあらざるなり。いまの凡夫のおもふところは、造惡の諸法實相ならんとおもふ、有所得のみ佛果菩提ならんとおもふ。かくのごとくの邪見は、たとひ八萬劫をしるといふとも、いまだ本劫本見、末劫末見をのがれず、いかでか唯佛與佛の究盡しましますところの諸法實相を究盡することあらん。ゆえいかむ、となれば、唯佛與佛の究盡しましますところ、これ諸法實相なるがゆゑなり。」(9)
- 「百丈山大智禪師懷海和尚、凡參次、有一老人、常隨衆聽法。衆人退老人亦退。忽一日不退
(百丈山大智禪師懷海和尚、凡そ參次に一りの老人有つて、常に衆に隨つて聽法す。衆人退すれば老人もまた退す。忽ちに一日退せず)。
師遂問、面前立者、復是何人
(師、遂に問ふ、面前に立せるは、復た是れ何人ぞ)。
老人對曰、某甲是非人也。於過去迦葉佛時、曾住此山。因學人問、大修行底人、還落因果也無。某甲答曰、不落因果。後五百生、墮野狐身。今請和尚代一轉語、貴脱野狐身
(老人對して曰く、某甲は是れ非人なり。過去迦葉佛の時に、曾て此の山に住せり。因みに學人問ふ、大修行底の人、還た因果に落つや無や。某甲答へて曰く、因果に落ちず。後五百生まで、野狐の身に墮す。今請すらくは和尚、一轉語を代すべし。貴すらくは野狐の身を脱れんことを)。
遂問曰、大修行底人、還落因果也無
(大修行底の人、還た因果に落つや無や)。
師曰、不昧因果
(因果に昧からず)。
老人於言下大悟、作禮曰、某甲已脱野狐身、住在山後。敢告和尚、乞依亡僧事例
(老人言下に大悟し、禮を作して云く、某甲已に野狐身を脱かれぬ、山後に住在せらん。敢告すらくは和尚、乞ふ亡僧の事例に依らんことを)。
師令維那白槌告衆曰、食後送亡僧
(師、維那に令して白槌して衆に告して曰く、食後に亡僧を送るべし)。
大衆言議、一衆皆安、涅槃堂又無病人、何故如是
(大衆言議すらく、一衆皆安なり、涅槃堂にまた病人無し、何が故ぞ是の如くなる)。
食後只見、師領衆、至山後岩下、以杖指出一死野狐。乃依法火葬
(食後に只見る、師、衆を領して、山後の岩下に至り、杖を以て一つの死野狐を指出するを。乃ち法に依つて火葬せり)。
師至晩上堂、擧前因縁
(師、至晩に上堂して、前の因縁を擧す)。
黄檗便問、古人錯祗對一轉語、墮五百生野狐身。轉轉不錯、合作箇什麼
(黄檗便ち問ふ、古人錯つて一轉語を祗對し、五百生野狐身に墮す。轉轉錯らざらん、箇の什麼にか作る合き)。
師曰、近前來、與@(なんじ)道
(近前來、@(なんじ)が與に道はん)。
檗遂近前、與師一掌
(檗、遂に近前して、師に一掌を與ふ)。
師拍手笑云、將謂胡鬚赤、更有赤鬚胡在
(師、拍手して笑つて云く、將に胡の鬚の赤きかと謂へば、更に赤き鬚の胡在ること有り)。
この一段の因縁、天聖廣燈録にあり。しかあるに、參學のともがら、因果の道理をあきらめず、いたづらに撥無因果のあやまりあり。あはれむべし、澆風一扇して祖道陵替せり。不落因果はまさしくこれ撥無因果なり、これによりて惡趣に墮す。不昧因果はあきらかにこれ深信因果なり、これによりて聞くもの惡趣を脱す。あやしむべきにあらず、疑ふべきにあらず。近代參禪學道と稱ずるともがら、おほく因果を撥無せり。なにによりてか因果を撥無せりと知る、いはゆる不落と不昧と一等にしてことならずとおもへり、これによりて因果を撥無せりと知るなり。」(10)
- 「第十九祖鳩摩羅多尊者曰、且善惡之報、有三時焉。凡人但見仁夭暴壽、逆吉義凶、便謂亡因果虚罪福。殊不知、影響相隨、毫釐靡@(たがう)。縱經百千萬劫、亦不磨滅
(第十九祖鳩摩羅多尊者曰く、且く善惡の報に三時有り。凡そ人、但だ仁は夭に暴は壽く、逆は吉く義は凶なりとのみ見て、便ち因果を亡じ、罪福虚しと謂へり。殊に知らず、影響相隨ひて毫釐も@(たがう)ふこと靡きを。縱ひ百千萬劫を經とも、亦た磨滅せず)。
あきらかにしりぬ、曩祖いまだ因果を撥無せずといふことを。いまの晩進、いまだ祖宗の慈誨をあきらめざるは稽古のおろそかなるなり。稽古おろそかにしてみだりに人天の善知識と自稱するは、人天の大賊なり、學者の怨家なり。汝ち前後のともがら、亡因果のおもむきを以て、後學晩進のために語ることなかれ。これは邪説なり、さらに佛祖の法にあらず。汝等が疎學によりて、この邪見に墮せり。」(11)
- 「近代宋朝の參禪のともがら、もともくらきところ、ただ不落因果を邪見の説としらざるにあり。あはれむべし、如來の正法の流通するところ、祖祖正傳せるにあひながら、撥無因果の邪儻とならん。參學のともがら、まさにいそぎて因果の道理をあきらむべし。今百丈の不昧因果の道理は、因果にくらからずとなり。しかあれば、修因感果のむね、あきらかなり。佛佛祖祖の道なるべし。おほよそ佛法いまだあきらめざらんとき、みだりに人天のために演説することなかれ。」(12)
- 「龍樹祖師云、如外道人、破世間因果、則無今世後世。破出世因果、則無三寶、四諦、四沙門果
(龍樹祖師云く、外道の人の如く、世間の因果を破せば、則ち今世後世無けん。出世の因果を破せば、則ち三寶、四諦、四沙門果無けん)。
あきらかにしるべし、世間出世の因果を破するは外道なるべし。今世なしといふは、かたちはこのところにあれども、性はひさしくさとりに歸せり、性すなはち心なり、心は身とひとしからざるゆゑに。かくのごとく解する、すなはち外道なり。あるいはいはく、人死するとき、かならず性海に歸す、佛法を修習せざれども、自然に覺海に歸すれば、さらに生死の輪轉なし。このゆゑに後世なしといふ。これ斷見の外道なり。かたちたとひ比丘にあひにたりとも、かくのごとくの邪解あらんともがら、さらに佛弟子にあらず。まさしくこれ外道なり。おほよそ因果を撥無するより、今世後世なしとはあやまるなり。因果を撥無することは、眞の知識に參學せざるによりてなり。眞知識に久參するがごときは、撥無因果等の邪解あるべからず。龍樹祖師の慈誨、深く信仰したてまつり、頂戴したてまつるべし。」(13)
- 「永嘉眞覺大師玄覺和尚は、曹谿の上足なり。もとはこれ天台の法華宗を習學せり。左谿玄朗大師と同室なり。涅槃經を披閲せるところに、金光その室にみつ。ふかく無生の悟を得たり。すすみて曹谿に詣し、證をもて六祖に告す。六祖つひに印可す。のちに證道歌をつくるにいはく、
豁達空、撥因果(空に豁達し、因果を撥へば)、
@@(もうもう)蕩蕩招殃禍(@@(もうもう)蕩蕩として殃禍を招く)。
あきらかにしるべし、撥無因果は招殃禍なるべし。往代は古徳ともに因果をあきらめたり、近世には晩進みな因果にまどへり。いまのよなりといふとも、菩提心いさぎよくして、佛法のために佛法を習學せんともがらは、古徳のごとく因果をあきらむべきなり。因なし、果なしといふは、すなはちこれ外道なり。」(14)
- 「宏智古佛、かみの因縁を頌古するにいはく、
一尺水、一丈波(一尺の水、一丈の波)、
五百生前不奈何(五百生前奈何ともせず)。
不落不昧商量也(不落不昧商量するや)、
依前撞入葛藤@(か)(依前として葛藤@(か)に撞入す)。
阿呵呵。會也麼(阿呵呵。會也麼)。
若是*(なんじ)洒洒落落(若し是れ*(なんじ)洒洒落落たらば)、
不妨我&&(たた)和和(妨げず我が&&(たた)和和なるを)。
神歌社舞自成曲(神歌社舞自ら曲を成し)、
拍手其間唱哩#(ら)(其の間に拍手して哩#(ら)を唱ふ)。
いま不落不昧商量也、依前撞入葛藤*(か)の句、すなはち不落と不昧と、おなじかるべしといふなり。
おほよそこの因縁、その理、いまだつくさず。そのゆゑいかんとなれば、脱野狐身は、いま現前せりといへども、野狐身をまぬかれてのち、すなはち人間に生ずといはず、天上に生ずといはず、および餘趣に生ずといはず。人の疑ふところなり。脱野狐身のすなはち、善趣にうまるべくは天上人間にうまるべし、惡趣にうまるべくは四惡趣等にうまるべきなり。脱野狐身ののち、むなしく生處なかるべからず。もし衆生死して性海に歸し、大我に歸すといふは、ともにこれ外道の見なり。」(15)
- 「夾山圜悟禪師克勤和尚、頌古に云く、
魚行水濁、鳥飛毛落(魚行けば水濁り、鳥飛べば毛落つ)
、
至鑑難逃、太虚寥廓(至鑑逃れ難く、太虚寥廓たり)。
一往迢迢五百生(一往迢迢たり五百生)、
只縁因果大修行(只因果に縁つて大修行す)。
疾雷破山風震海(疾雷、山を破り、風、海を震はす)、
百錬精金色不改(百錬の精金、色改まらず)。
この頌なほ撥無因果のおもむきあり、さらに常見のおもむきあり。
杭州徑山大慧禪師宗杲和尚、頌に云、
不落不昧、石頭土塊(不落不昧、石頭土塊)、
陌路相逢、銀山粉碎(陌路に相逢ふて、銀山粉碎す)。
拍手呵呵笑一場(拍手呵呵笑ひ一場)。
明州有箇&(かん) 布袋(明州に箇の&(かん) 布袋有り)。
これらをいまの宋朝のともがら、作家の祖師とおもへり。しかあれども、宗杲が見解、いまだ佛法の施權のむねにおよばず、ややもすれば自然見解のおもむきあり。
おほよそこの因縁に、頌古、拈古のともがら三十餘人あり。一人としても、不落因果是れ撥無因果なりと疑ふものなし。あはれむべし。このともがら、因果をあきらめず、いたづらに紛紜のなかに一生をむなしくせり。佛法參學には、第一因果をあきらむるなり。因果を撥無するがごときは、おそらくは猛利の邪見をおこして、斷善根とならんことを。
おほよそ因果の道理、歴然としてわたくしなし。造惡のものは墮し、修善のものはのぼる、毫釐もたがはざるなり。もし因果亡じ、むなしからんがごときは、諸佛の出世あるべからず、祖師の西來あるべからず、おほよそ衆生の見佛聞法あるべからざるなり。因果の道理は、孔子、老子等のあきらむるところにあらず。ただ佛佛祖祖、あきらめつたへましますところなり。澆季の學者、薄福にして正師にあはず、正法をきかず、このゆゑに因果をあきらめざるなり。撥無因果すれば、このとがによりて、@@(もうもう)蕩蕩として殃禍をうくるなり。撥無因果のほかに餘惡いまだつくらずといふとも、まづこの見毒はなはだしきなり。
しかあればすなはち、參學のともがら、菩提心をさきとして、佛祖の洪恩を報ずべくは、すみやかに諸因諸果をあきらむべし。」(16)
- 「第十九祖鳩摩羅多尊者、至中天竺國、有大士、名闍夜多。問曰、我家父母、素信三寶。而甞&疾*、凡所營事、皆不如意。而我鄰家、久爲栴陀羅行、而身常勇健、所作和合。彼何幸、而我何辜
(第十九祖鳩摩羅多尊者、中天竺國に至るに、大士有り、闍夜多と名づく。問うて曰く、我が家の父母、素三寶を信ず。而も甞より疾*に&(まつ)はれ、凡そ營む所の事、皆な不如意なり。而も我が鄰家、久しく栴陀羅の行を爲して、而も身は常に勇健なり、所作和合す。彼れ何の幸かある、而も我れ何の辜かある)。
尊者曰、何足疑乎、且善惡之報有三時焉。凡人但見仁夭、暴壽、逆吉義凶、便謂亡因果虚罪福。殊不知、影響相隨、毫釐靡@(たがう)。縱經百千萬劫、亦不磨滅
(尊者曰く、何ぞ疑ふに足らんや、且く善惡の報に三時有り。凡そ人、但だ仁は夭に、暴は壽く、逆は吉く義は凶なりとのみ見て、便ち因果を亡じ、罪福虚しと謂へり。殊に知らず、影響相隨ひて、毫釐も@(たがう)ふこと靡きを。縱ひ百千萬劫を經とも、亦た磨滅せず)。
時闍夜多、聞是語已、頓釋所疑(時に闍夜多、是の語を聞き已りて、頓に所疑を釋せり)。
鳩摩羅多尊者は、如來より第十九代の附法なり。如來まのあたり名字を記しまします。ただ釋尊一佛の法をあきらめ正傳せるのみにあらず、かねて三世の諸佛の法をも曉了せり。闍夜多尊者、いまの問をまうけしよりのち、鳩摩羅多尊者にしたがひて、如來の正法を修習し、つひに第二十代の祖師となれり。これもまた、世尊はるかに第二十祖は闍夜多なるべしと記しましませり。しかあればすなはち、佛法の批判、もともかくのごとくの祖師の所判のごとく習學すべし。いまのよに因果をしらず、業報をあきらめず、三世をしらず、善惡をわきまへざる邪見のともがらに群すべからず。
いはゆる、善惡之報有三時焉といふは、
三時、
一者順現法受。二者順次生受。三順後次受。
これを三時といふ。
佛祖の道を修習するには、その最初より、三時の業報の理をならひあきらむるなり。しかあらざれば、おほくあやまりて邪見に墮するなり。ただ邪見に墮するのみにあらず、惡道におちて長時の苦をうく。續善根せざるあひだは、おほくの功徳をうしなひ、菩提の道ひさしくさはりあり、をしからざらめや。この三時の業は、善惡にわたるなり。」(17)
- 「この恆修善行のひと、順後次受のさだめてうくべきがわが身にありけるとおもふのみにあらず、さらにすすみておもはく、一身の修善もまたさだめてのちにうくべし。ふかく歡喜すとはこれなり。この憶念まことなるがゆゑに、地獄の中有すなはちかくれて、天趣の中有たちまちに現前して、いのちをはりて天上にむまる。この人もし惡人ならば、命終のとき、地獄の中有現前せば、おもふべし、われ一身の修善その功徳なし、善惡あらんにはいかでかわれ地獄の中有をみん。このとき因果を撥無し、三寶を毀謗せん。もしかくのごとくならば、すなはち命終し、地獄におつべし。かくのごとくならざるによりて、天上にむまるるなり。この道理、あきらめしるべし。」(18)
- 「世尊言、
假令經百劫(假令百劫を經とも)、
所作業不亡(所作の業は亡ぜじ)。
因縁會遇時(因縁會遇せん時)、
果報還自受(果報還つて自ら受く)。
汝等當知、若純黒業得純黒異熟、若純白業得純白異熟、若黒白業得雜異熟。是故、應離純黒及黒白雜業、當勤修學純白之業
(汝等當に知るべし、若し純黒業なれば純黒の異熟を得ん、若し純白業なれば純白の異熟を得ん、若し黒白業なれば雜の異熟を得ん。是の故に、應に純黒及び黒白の雜業を離るべし、當に純白の業を勤修學すべし)。
時諸大衆、聞佛説已、歡喜信受
(時に諸の大衆、佛説を聞き已りて、歡喜信受しき)。
世尊のしめしましますがごときは、善惡の業つくりをはりぬれば、たとひ百千萬劫をふといふとも不亡なり。もし因縁にあへばかならず感得す。しかあれば、惡業は懺悔すれば滅す。また轉重輕受す。善業は隨喜すればいよいよ増長するなり。これを不亡といふなり。その報なきにはあらず。」(19)
- 「大宋嘉泰中、有僧正受。撰進普燈録三十卷云、臣聞孤山智圓之言曰、吾道如鼎也、三教如足也。足一虧而鼎覆焉。臣甞慕其人稽其説。乃知、儒之爲教、其要在誠意。道之爲教、其要在虚心。釋之爲教、其要在見性。誠意也虚心也見性也、異名躰同。究厥攸歸、無適而不與此道會云云(大宋嘉泰中に僧正受といふもの有り。普燈録三十卷を撰進するに云く、臣、孤山智圓の言ふを聞くに曰く、吾が道は鼎の如し、三教は足の如し。足一も虧くれば鼎覆へると。臣、甞て其の人を慕ひ其の説を稽ふ。乃ち知りぬ、儒の教たること、其の要は誠意に在り。道の教たること、其の要は虚心に在り、釋の教たること、其の要は見性に在ることを。誠意と虚心と見性と、名を異にして躰同じ。厥の歸する攸を究むるに、適として此の道と會せずといふこと無し云云)。
かくのごとく僻計生見のともがらのみ多し、ただ智圓、正受のみにはあらず。このともがらは、四禪を得て四果と思はんよりも、その誤りふかし。謗佛、謗法、謗僧なるべし。すでに撥無解脱なり、撥無三世なり、撥無因果なり。莽莽蕩蕩招殃禍、疑ひなし。三寶、四諦、四沙門なしとおもふしともがらにひとし。佛法いまだその要見性にあらず、西天二十八祖、七佛、いづれのところにか佛法のただ見性のみなりとある。六祖壇經に見性の言あり、かの書これ僞書なり、附法藏の書にあらず、曹溪の言句にあらず、佛祖の兒孫またく依用せざる書なり。正受、智圓いまだ佛法の一隅をしらざるによりて、一鼎三足の邪計をなす。」(20)
- 「いまこの説によらば、いよいよ佛法と孔老とことなるべし。すでにこれ菩薩なり、佛果にひとしかるべからず。また和光應迹の功徳は、ひとり三世諸佛菩薩の法なり。俗人凡夫の所能にあらず、實業の凡夫、いかでか應迹に自在あらん。孔老いまだ應迹の説なし、いはんや孔老は、先因をしらず、當果をとかず。わづかに一世の忠をもて、君につかへ家ををさむる術をむねとせり、さらに後世の説なし。すでにこれ斷見の流類なるべし。莊老をきらふに、小乘なほしらず、いはんや大乘をやといふは上古の明師なり。三教一致といふは智圓、正受なり、後代澆季愚闇の凡夫なり。なんぢなんの勝出あればか、上古の先徳の所説をさみして、みだりに孔老と佛法とひとしかるべしといふ。なんだちが所見、すべて佛法の通塞を論ずるにたらず。負笈して明師に參學すべし、智圓、正受、なんぢら大小兩乘すべていまだしらざるなり。四禪をえて四果とおもふよりもくらし。悲しむべし、澆風のあふぐところ、かくのごとくの魔子おほかることを。」(21)
- 「論語云、生而知之上、學而知之者次、困而學之、又其次也。困而不學、民斯爲下矣(生れながらにして之を知るは上なり、學んで之を知るは次なり、困しんで之を學ぶは又其の次なり。困しみて學ばざるは、民にして斯れを下と爲す矣)。
もし生知あらば無因のとがあり、佛法には無因の説なし。四禪比丘は臨命終の時、たちまちに謗佛の罪に墮す。佛法をもて孔老の教にひとしとおもはん、一生中より謗佛の罪ふかかるべし。學者はやく孔老と佛法と一致なりと邪計する解をなげすつべし。この見たくはへてすてずは、つひに惡趣におつべし。學者あきらかにしるべし、孔老は三世の法をしらず、因果の道理をしらず、一洲の安立をしらず、いはんや四洲の安立をしらんや。六天のことなほしらず、いはんや三界九地の法をしらんや。小千界しらず、中千界しるべからず。三千大千世界をみることあらんや、しることあらんや。振旦一國なほ小臣にして帝位にのぼらず、三千大千世界に王たる如來に比すべからず。如來は梵王、帝釋、轉輪聖王等、晝夜に恭敬侍衞し、恆時に説法を請じたてまつる。孔老かくのごとくの徳なし、ただこれ流轉の凡夫なり。いまだ出離解脱のみちをしらず。いかでか如來のごとく諸法實相を究盡することあらん。もしいまだ究盡せずは、なにによりてか世尊にひとしとせん。孔老内徳なし、外用なし、世尊におよぶべからず、三教一致の邪説をはかんや。孔老、世界の有邊際、無邊際を通達すべからず。廣をしらず、みず、大をしらず、みざるのみにあらず、極微色をみず、刹那量をしるべからず。世尊あきらかに極微色をみ、刹那量をしらせたまふ。いかにしてか孔老にひとしめたてまつらん。孔老、莊子、惠子等は、ただこれ凡夫なり。なほ小乘の須陀@(おん)におよぶべからず。いかにいはんや第二、第三、第四阿羅漢におよばんや。」
(22)
- 「諸佛是大人也、大人之所覺知、所以稱八大人覺也。覺知此法、爲涅槃因(諸佛は是れ大人也。大人の覺知する所、所以に八大人覺と稱ず。此の法を覺知するを、涅槃の因と爲)。」(23)
- 「如來在世より今日にいたるまで、菩薩聲聞の經律のなかより、袈裟の功徳をえらびあぐるとき、かならずこの五聖功徳をむねとするなり。
まことにそれ、袈裟は三世諸佛の佛衣なり。その功徳無量なりといへども、釋迦牟尼佛の法のなかにして袈裟をえたらんは、餘佛の法のなかにして袈裟をえんにもすぐれたるべし。ゆゑいかんとなれば、
釋迦牟尼佛むかし因地のとき、大悲菩薩摩訶薩として、寶藏佛のみまへにて五百大願をたてましますとき、ことさらこの袈裟の功徳におきて、かくのごとく誓願をおこしまします。その功徳、さらに無量不可思議なるべし。しかあればすなはち、世尊の皮肉骨髓いまに正傳するといふは袈裟衣なり。正法眼藏を正傳する祖師、かならず袈裟を正傳せり。この衣を傳持し頂戴する衆生、かならず二三生のあひだに得道せり。たとひ戲笑のため利益のために身を著せる、かならず得道の因縁なり。」(24)
(注)
- (1)「出家功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、267頁。
- (2)同上、274頁。
- (3)同上、287頁。@=目偏に侯(ご)
- (4)同上、284頁。@=广垂に龍(ほう)
- (5)同上、286頁。
- (6)「発菩提心」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、340頁。
- (7)「供養諸仏」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、343頁。
- (8)「供養諸仏」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、358頁。
- (9)「供養諸仏」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、361頁。
- (10)「深信因果」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、387頁。
@=人偏に爾(なんじ)
- (11)同上、389頁。@=心偏に弋(たがう)。
- (12)同上、390頁。
- (13)「深信因果」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、391頁。
- (14)「深信因果」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、391頁。
@=さんずいに莽(もう)
- (15)「深信因果」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、392頁。
@=人偏に爾(なんじ)、*=穴冠に果(か)、&=口偏に多(た)、#=口偏に羅(ら)。
- (16)「深信因果」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、392頁。
@=さんずいに莽(もう)、&=敢の下に心(かん)
- (17)「三時業」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、395頁。
@=心偏に弋(たがう)、&=榮の中が糸(まつわる)、*=病垂に祭(さい)
- (18)「三時業」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、407頁。
- (19)「三時業」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、411頁。
- (20)「四禅比丘」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、426頁。
- (21)「四禅比丘」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、428頁。
- (22)「四禅比丘」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、432頁。@=さんずいに亘(おん)。
- (23)「八大人覚」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、451頁。
- (24)「袈裟功徳」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、315頁。
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