もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会
仏教学・禅学の批判
仏種不断=十二巻「正法眼蔵」
人々に説いて、仏法を断絶させないようにしなければならない。自分だけ坐すのではいけない。坐すだけで説法しなければ、断絶する。また、経典の読解で伝法できるならば、このようなことは言われない。経典を伝持すればよいことになるから。
仏種不断
十二巻本「正法眼蔵」
- 「これを涅槃經の四馬となづく。學者ならはざるなし、諸佛ときたまはざるおはしまさず。ほとけにしたがひたてまつりてこれをきく、ほとけをみたてまつり、供養したてまつるごとには、かならず聽聞し、佛法を傳授するごとには、衆生のためにこれをとくこと、歴劫におこたらず。つひに佛果にいたりて、はじめ初發心のときのごとく、菩薩聲聞、人天大會のためにこれをとく。このゆゑに、佛法僧寶種不斷なり。」(1)
- 「諸經かくのごときのところおほし、如來世尊調御丈夫またしかあり。四種の法をもて、一切衆生を調伏して、必定不虚なり。いはゆる生を爲説するにすなはち佛語をうくるあり、生、老を爲説するに佛語をうくるあり、生、老、病を爲説するに佛語をうくるあり、生、老、病、死を爲説するに佛語をうくるあり。のちの三をきくもの、いまだはじめの一をはなれず。世間の調馬の、觸毛をはなれて觸皮肉骨あらざるがごとし。生老病死を爲説すといふは、如來世尊の生老病死を爲説しまします、衆生をして生老病死をはなれしめんがためにあらず。生老病死すなはち道ととかず、生老病死すなはち道なりと解せしめんがためにとくにあらず。この生老病死を爲説するによりて、一切衆生をして阿耨多羅三藐三菩提の法をしめさんがためなり。これ如來世尊、調伏衆生、必定不虚、是故號佛調御丈夫なり。」(2)
(注)
- (1)「四馬」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、416頁。
- (2)「四馬」、「道元禅師全集」第2巻、春秋社、1993年、417頁。「しめさんがため」は、別本には「えしむ」「えせしめん」「えしめん」とある。
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