松本史朗氏の疑問の説(1)への批判1

??? 疑問の説(1)=十二縁起を思惟することのみが仏教 ???

批判3=釈尊は十二縁起を悟ったのではない=三枝充悳氏


 松本氏は、『律蔵』「大品」を根拠にして、釈尊は、十二支縁起説を悟ったのだと主張されるが、三枝充悳氏からの批判である。

十二縁起を悟ったという資料

 三枝充悳氏によれば、釈尊は何のさとりによってブッダになったかを示す資料があることはある。しかし、だからといって、他の資料との関連などから、これをそのまま信じるのは学問とはいえない、というのである。
 資料としては、大きく分けて二種類ある。  十二支縁起説は、比較的新しい説明であるから、釈尊の成道の内容が十二支縁起だという松本史朗氏の主張を「資料の批判的扱いをまったく無視した立言」と批判する。 (注)

十二縁起を悟ったというのは経典編纂者の粉飾

 十二縁起を悟ったというのは経典編纂者の粉飾と考えるのが妥当であるから、学問研究者が、そういう編纂者に欺かれてはならない。 (注)

十二縁起を悟ったというのは学問ではない


(注)