白隠の慈悲ー私は地獄に行く

大地に根ざす白隠禅の賞賛

　白隠の一つの特徴は、大地性がある、と秋月龍珉氏はいう。以下、秋月氏の著書(注1)で白隠の慈悲を見る。<　>は、同書の頁。
　大地性は、世俗性<114>、どろくさい<116>、泥の中の蓮<117>に象徴される。秋月氏は次のように言う。

「大地性」ーー闡提思想、そこにこそ、私は「仏教の真髄」を見たいと思う」<121>
「大地を離れるとき、宗教はかならず堕落」<92>
「改革は常に土の匂いのする大地の人の手によって行われる。」<92>

　秋月氏によれば、大地性は、白隠の法祖父、至道無難に始まり、正受老人、白隠と受けつがれた。至道無難は、「日本の衆生は仏に近し」<94>といい、新しい歴史の担い手としての庶民禅に生きた。大寺に住まず、小さな庵主にすぎない<94>。庶民に「平易な仮名法語や道歌をもって法を説き続け」<94>、出家禅への厳しい批判がある<94>。
　庶民禅に生きた至道無難の弟子が正受老人である。白隠は、その正受老人に参禅した。正受老人の禅は、「見性」「正念を決定する」「正念を相続する」を強調する。これは、初期仏教経典に出てくる「常に気をつけている」「念」「正念」に通じるとみてよい。これは「自利」の面である。正受は、自利でなく、利他を説いた。
　はじめは、正受老人の庶民を向いた大乗精神がわからなかった。白隠が正受老人を慕うようなるのは、四十二歳以後である<96>。正受老人は無法階の庵主<93>であった。　正受は、白隠に出家の動機を聞いて叱る<97>。どうしたらよいかという白隠に「菩薩に四弘の請願があるではないか」という<98>。
　正受老人は大乗の教えを説いた<98>。
　「自分一人だけの救いのことを考えるのは、大乗仏教ではない。地獄で苦しんでいる人々と共に自分も苦しんでいくということ、そしてそのすべての人々を地獄の苦しみから脱せしめるところに、仏法の真の生命があるのだ、とこう正受老人は教えたというのである。」<99> 　このように、教えられたが、その精神がはっきりし、庶民へ説く方便を使いえたのは、見性体験のはるか後のこと、四十二歳以後だろう<99,101>。
　正受老人は、白隠をいじめた<102>ようにみえた。白隠は、正受老人が厳しいだけの人と思っていたのだろう<102>。
(注)

秋月龍珉「白隠禅師」講談社現代新書、昭和60年第一刷。

白隠の地獄の思想と闡提の思想

　大乗仏教の特徴は、「慈悲」である。庶民の地獄に気がつく人はまれである<104,106>。利他のために、自らすすんで地獄に下る人は少ない<106>。法華経は、小乗の羅漢さんではいけない、大乗菩薩の道でなければいけない、ということを縷々として説いた経典である<104>。
　白隠は、４２歳にして「利他」にめざめた<105>。それからの白隠は、灰頭土面の菩薩の願行に生きた<105>。
　白隠は、自分を「闡提窟」と名のった<108>。仏になれないのが「闡提」である。インド大乗仏教では、仏になれないやからとして批判されたものである。白隠は、なぜ、自分を「闡提窟」と名のったのか。
　大乗仏教では「仏性」(注1)を言う。すべての人の成仏を言う。「闡提」の否定である。すると白隠は、大乗仏教を否定したのか。もちろん違う。
　白隠は自ら、庶民が地獄の苦にあえぐのを見た。そして、自ら、地獄にとどまり、成仏しない覚悟をした。他人から「お前は闡提」だと言われるのではなく、自分から「闡提」であることを選んだ。庶民が地獄にいる限り、自分は地獄にとどまり、庶民を成仏させる手助けをしたい。白隠には、出家相手の厳しい坐禅の面だけではなく、庶民を相手にした説法、歌が多い<110>。
　「大地性ーー闡提思想、そこにこそ、私は「仏教の真髄」を見たいと思う」<121>、という秋月氏の白隠の総括を繰り返す。
　白隠禅は、僧堂の中だけの出家相手の厳しい禅だけではない。庶民階級の禅、在家禅がある<110>。

(注)

(1)「仏性、如来蔵思想」については、高崎直道氏の研究があるが、緻密なところでは「仏性思想」の理解について、解釈の違いがあり、花園大学の古賀氏は、高崎氏の仏性解釈を批判している（古賀英彦「悉有仏性論」（花園大学「禅学研究」７６号、1998年) 21-41頁）。
　「仏性」を成仏の可能性とか、成長するものという解釈をするのは間違いだという。悟りに関係なく、すでに誰にも仏性がある。仏性は、胎児から大人に成長するようなものではなく、悟りの前後で不変である、とする。とすれば、禅者の言うのと類似する。もちろん実体視して言うのではない。基体説ではない。