『何かを残して...IN京極堂』<アホらしい
僕は、やけに近くに聞こえる蝉の声に鬱陶しさを感じ、庭に出た。
―――それは昨日のこと。
見れば、やはりかなり近くで蝉は鳴いていた。
―――彼らの命は短い。
僕は短命を憐れんでいたのか、その蝉をそっとしておいた。
あれだけ否応無しに鳴き続けていても、いずれ。
―――そして今朝。
僕は蝉が硬直して地面に転がっていたのを見たのだ。
八年間という歳月を暗い土の中で過ごしてきたにも関わらず、蝉はたとえて云うならば
瞬きの時間よりも早く一生を終えてしまう。
鳴くだけ鳴いて。
子孫を残すためだけに生きて。
ひたすら―――・・・
僕は死ぬまでに何を残せるのだろう。
否、何かを残したい。
蝉を見て、そう思った。
蝉に限らず、生きとし生けるもの。あらゆる生物の中で、人間として生きる自分。
知人―――以上に想う彼がいる見慣れた座敷でそう思った。<予定外なクサさ
「ご馳走様。京極堂、どうしたんだい。今日は一段と人相が悪いぜ」
眩暈坂を登り終えても、玉のような汗は留まるところを知らないようである。
関口君は、出された麦茶を浴びるように一気に飲み干すと、僕に突っ掛かってきた。
彼がいつも、いつでも・・・季節問わず汗をかきやすい体質だ。
「・・・フン。君もそんな茹蛸みたいな顔をして、何か云えた義理なのかね?」
その所為か、見ていると体感温度がグッと上昇するような気がして、僕は麦茶を呷った。
手ぬぐいで顔全体を拭く姿など、彼は既に暑苦しい。
こう暑いとカッカカッカするのも馬鹿らしくなる。
―――いや、だとすれば彼を呼んでしまった僕の方が馬鹿らしい。
「何かあったのかい京極堂」
「ん、ああ。少しばかり・・・君に尋ねたいことがある」
そう、今日は突っぱねている場合ではなく、僕の方から用を申しつけたのだ。
普段から、“訊かれる”ことはあれど“訊く”ことが珍しいのだが。
―――「君は死ぬ前に何を残す?」
こればかりは僕の中だけに答えがあるとは思えなかった。
彼は顔色を変えて迫ってきた。
「きょ、きょ、京極堂! 何を云っているんだい! 正気かッ!?」
「正気さ。僕は君じゃない」
「そ、僕じゃないってどういうことだ! と、それは置いておいてだな、」
彼は僕の顔にツバを飛ばし飛ばし、その湿った手のひらで顔を押さえてきた。
なんというか、じんわりと暑苦しい感が僕の顔を取り巻いている。
「関口君」
「し、しし死ぬなんて、決断が早いんじゃあないかっ!?」
「・・・関口君」
「いや、まだ君が読んでいない面白い本とやらが、この世には数多あ・・・」
僕は厭そうに顔を背けた。
「・・・関口君。少し落ちつきたまえ」
取り付く手がとにかく不快で、僕はあからさまに眉を吊り上げる。
・・・ツバが。・・・ツバが。口内を通さないツバは汚らしいだけだ。<ひどいこと言う死。
「馬鹿だなあ、君は。僕はそんな血迷った馬鹿なことはしないよ」
「京極堂・・・」
関口はひとり沈痛な面持ちでこちらを見ている。
―――まさか、僕が君を置い・・・・
何かおかしな妄言が点滅した。
「・・・・・フン」<僅かに照れ
僕は頭の片隅に浮かんできた妙な戯言を追い払う。
払わないでいれば一瞬感じた寒気は取り払えなかっただろう。
「せ、関口君。君は死ぬ前に何かを残したいと思うかね」
「え、」
そう、これこそが僕が関口君を呼んだメインテーマなのだ。
僕は残った麦茶を飲み干す。
何故か、自分の口から吐き出される言葉が、異常に全身の水分を枯らす気がしたのである。
―――僕が君を置い・・・(以下略)<(笑)っとけ
こんな『冗談にしても笑えない台詞』が先ほどから言葉の裏に取りついている。
今日こそは、はっきりと僕に“素直さ”が要求されているのかもしれない。
僕はこれで十分に嘘がない物言いをしていると思っていたが、脳内で蠢くおよそ僕の許容できない
言葉が、絶え間なくリプレイされているところを思うと、思いよらないモノを求められているに違いない。
そう思うと益々喉が渇いてしまった。
渇きを癒すには。
「僕は、是非死ぬ前に残したいものがあるのだ。死ぬなどというのは縁起でもないがね」
関口が生唾を飲み込んだ音がした。顔は・・・変な顔をしているが。
「昨日、蝉が鳴いていたので僕は庭先に出た。それで、見てみれば蝉がみーんと鳴いている。
いや、じーくじーくだったかな。ん? つくつくほーしつくつくほーしだったかな」<こだわるな
アブラゼミだったか、ミンミンゼミだったか、それとも・・・
「・・・京極堂。蝉の種類はどうでもいいだろう?」
と、彼はさほど関心がないといった風に首を傾げた。
・・・・なんだか関口君に指摘されるのは腹が立った。
「それもそうだが、皆一緒な訳じゃないぜ。まあ、それは置いておくとして。
そう、その蝉は翌日。つまり今日だが、庭に硬直したまま落ちて転がっていたのだ。
死んでいたのだよ」
蝉は死んでいた。あのつぶらな眼差しもそのままに。<なんじゃそりゃ
「死んでいたのだ―――・・・」
僕が蝉の亡骸を思い出し、遠くを見やるような目で庭先を見た時だった。
「へえー」
彼はひどく素っ気無い反応を返したのだ。
「関口君。蝉は寿命が短いのだ。子孫を残し、鳴くだけないて・・・」
僕は奥歯を少し噛み締めながら卓上で指を組む。
「呆気ないものだよ、まったく」
「それは気の毒に。蝉は寿命、短いからなあ」
鼻くそでもほじり始めそうな勢いで、売れもしない小説を書く男は適当に頷いた。<ひどい
―――そんな顔をするのか君は!
珍しく下手に出る自分が情けない。
僕は・・・腹の底の方からフツフツと燃えあがる何かを感じていた。
「ああ、蝉は子孫と自分の亡骸以外に何も残さないで死んでいくのだ。それを僕は、」
「話はそれだけかい京極堂。死ぬとかなんとかいう話から、結局蝉の話をしたかった
だけなんだろう? なんだ、蝉話なら僕でなくてもいいじゃないか」
「―――!!」
僕は手甲が欲しくなった。というよりも必要性を感じた。
「関口君! 僕は蝉の話がしたかったんじゃない!!
僕はこんなことが云いたかったんじゃない!! 僕は!!」
しゅん!
僕は蝉(亡骸)を入れておいた虫かごを座卓の上に放り、そして関口君の腕を強く引いた。
「好きだ!!! 関口君!! たとえ日本が、いやこの世界が滅びようとも君への愛は永遠だよ!!!!
これだけは君の記憶の中に残して僕は死にたい!!」
<かなり忠実に嶋国様京×関ラブモード(死)より抜粋。(アッハッハ。一部脚色あり)
妙な素直さに僕の頭は腐れてしまった。
蝉が思い起こさせた、僕の『死に対する無念感』へのもがきはこんなものだったのか。
―――僕は何を残し...
あとにはつぶらな黒い瞳が、僕のありとあらゆる言動を静かに見詰めていた。
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「蕁麻疹・寒気がするような愛の言葉を関口にぶちかます京極堂」などと
超無理な私のリクに対し、見事なまでに私のツボを突く素晴らしい小説を下さった
高遠もやしさんに感謝!
もうホント最高です。笑い死にするかと思いました私。