| 【 最後の切り札 】 人は、嘘を吐く。 それは悪意から来るものだったり。 体裁を取り繕うためだったり。 表面だけの社交辞令だったり。 相手を思いやる、優しさから吐いたものだったり。 君が私に吐いた嘘は、泣きたくなる程優しくて。 優し過ぎて。 嘘だと解かっていても私は君の言葉を信じようと思った。 信じたいと、思った。 「いつまで、なんだろう……?」 そう呟いた私の言葉に、今はこちらから見えない位置にいる友人が、 私に顔を向けるのが気配で解かった。 君と知り合って、一年、二年とあっという間に過ぎてしまった。 気が付いたら私も、そして君も三学年だ。 共に学生生活を送るのもあと一年。 あと一年しかない。 卒業したら? その後私たちはどうなるのだろう。 そう考えると、結局私の思考の先が行くつくのは、絶望的な答えばかり。 卒業したらそれきりで、君は私の事なぞ直ぐに忘れる。 しかしそれを責めることなど出来はしない。 そうなるのが当然だからだ。 「いつまでって、何がだい?」 そう返された返事とともに、ぱら、と頁を捲る音がした。 「君と…こうして一緒にいられるのが、いつまでなのかと思って……」 仰向けの状態で、天井を見ながら応えた自分の声は、感情がまるで無かった。 「おかしな事を言う」 私以上に感情の無い声がそう返してくる。 「おかしいかな……?」 「ああ、おかしい」 それからまた、部屋は元の沈黙に包まれた。 彼が本を捲る音だけが、ひっそりと室内に響く。 例の如く、私は軽い鬱状態に陥っていた。 放っておくと、食事も摂らずに只呆けているだけになる私を気遣い、 私が鬱に入り込む度、彼は食事を運んでくれたり、こうして側に居てくれたりする。 迷惑を掛けていると思う。 甘えているとも。 実のところ、当初自虐的になっていた私には、彼の行為が疎ましかった。 放って置いて欲しいと、そう思っていた。 しかし何時の間にか彼の存在はどんどん私に馴染んで行って。 君が側に居ないと違和感を覚える程馴染んでしまって。 「君の手を煩わせてばかりで……迷惑だろう?」 「………」 返事は、ない。 「いつになったら、君は僕に愛想を尽かすんだい?」 「何を言っている」 短く言い放たれたその言葉は、明らかに剣を含んでいた。 「だって、おかしいじゃないか…君は僕の面倒を見る義理も義務も無い筈だろう。 本当だったら、僕なんかとうの昔に愛想を尽かされたって不思議じゃないのに、君は…」 そこまで一気に言うと、目の奥がじんと熱くなる。 「君は、こうして側にいてくれる」 それが私には不可解なのだ。 何も彼も、全ての答えを知ってしまうのは却って怖いものだと、私は思う。 解からない方が安心する事だってある。 けれど矢張り“解からない”安心は、常に不安と紙一重で── 知りたいと、思ってしまうのだ。 答えが解からず、どうしようも無く不安になるのだ。 私の不安はどんどん膨張して行くばかりで、もう限界だった。 いつ君が離れて行ってしまうのかと、怯える日々に疲れてしまった。 だから自分の内へと逃げて、 その答えを君に求めた。 「いつまで」と。 例えその問いに対する答えが残酷なものであっても、構わないと思った。 その場で別れを告げられようとも。 私は、はっきりとした答えを望んているのだから。 「関口君」 気が付くと、彼は何時の間にか寝転がった私の頭上に立っていて、こちらを見下ろしていた。 窓を背にして立っている彼の顔には深い影が落ちていて、 どんな表情をしているのか伺い知る事は出来ない。 「まったく……君は要らない事ばかり考える」 その声色は少し怒っているように私には感じられた。 それでも、私は知りたかった。 例え君が怒っても、離れてしまっても。 「中禅寺……僕は、答えが…知りたい」 私は今日初めて彼の名を呼んだが、その声は情けなく掠れていた。 真っ黒な影となったその人は、まるで神託でも告げるように言葉を紡ぐ。 「ここまで付き合ったんだ。今更愛想を尽かしたところでどうなる。最後まで付き合うよ」 最後?最後って何時までなんだ? 卒業するまでと言う事なのか? 中禅寺。 中禅寺、教えてくれ。 そんな漠然とした答えでは、僕は安心できない。 「教えてあげよう、関口君」 まるで心を見透かしたようにそう言うと、身体を屈めた彼は、私の双眸を手で覆った。 視界を遮られ、目の前が暗転する。 「中…禅寺」 その時耳元で囁かれた中禅寺の言葉を、私は一生忘れない。 「死ぬまで、さ」
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