【 銀環 】





君と見上げた銀の環は
怖いくらいに美しくて

君と見上げた銀の環は
哀しいくらいに儚くて

君と見上げた銀の環は──
“私だけのもの”となった
















「好い加減起きたらどうだい。関口君」

目が覚めて聞いた第一声が、不機嫌極まりないと言った風のこの言葉だった。
覚醒しきっていない頭で声がした方へ視線を向けると、
眉間に皺を寄せた中禅寺が立っていた。

「あ、れ……?」
「なんだ、まだ寝惚けているのか?仕様がない奴だな」

寝転がっている私を、上から覗き込むようにして見ていた中禅寺は、
眉間の皺を更に深くしてそう言ってくる。
あんまりにも凶悪な面構えを目にして、私の思考は半ば強制的に機能し始めた。

「……………うぅ、ん」
「ううん、なんて呑気に唸ってる場合じゃないよ。今何時だと思ってるんだ君は」

そう言われても私は今起きたばかりなのである。
少々呆けていても、それは仕方がないのではないだろうか。
寝乱れた髪を掻きながら時計を見ると、起きなければいけない時刻はとうに過ぎていた。
この時間ではもう朝食にありつくのは無理だろう。

「……寝坊した……」

のそりと布団から起き上がってそう呟くと、中禅寺が呆れた声で言う。

「解かってるのなら早く支度したまえ。
遅刻したいのなら、幾らでもゆっくりしてくれて構わないがね」

起き抜けに散々悪態を吐かれ、私は少々むっとした。
憮然として中禅寺を睨むと、彼はふん、と鼻を鳴らして部屋を出て行ってしまう。

私は朝が苦手だ。中々すんなりとは起きられない。
こうして寝過ごしてしまう事も度々だったが、
そう言う時は決まって中禅寺が起こしに来てくれていた。
しかし何時も遅刻になるかならないかの際どい時刻に起こしに来るので、
結局私が大慌てする事に変わりはないのだが。
彼が故意にそうしているのかまでは解からないが、とにかく起こしに来てくれる事は事実だ。
もし中禅寺と同じ寮ではなかったら、私は間違いなく遅刻の常習犯になっていた事だろう。
そう考えると、中禅寺に対し改めて申し訳無い気持ちになる。

後でちゃんとお礼を言おう。
そんな事を考えながら、私は慌てて身支度を済ませた。





小走りに寮の入り口を抜けると、そこに人影を見つけた。
私に気付いて顔を向けたその人物は、なんと中禅寺だった。

「遅いよ」

相も変わらず不機嫌な顔でそう言うと、塀に凭れていた体をゆっくりと起こしこちらを向く。

「待っててくれたのか……?」

驚いてそう聞いた私に、彼は「まあね」と曖昧な返事をしてから、
私に背を向けそのまま歩き出した。

何だか変な気分だった。
同じ寮に暮らしていると言っても、私と中禅寺は一緒に登校した事が殆ど無い。
私が遅刻しそうになって慌てている時は、中禅寺はさっさと一人で行ってしまうし、
普通に起きた時でも彼は早めに寮を出てしまうので、
連れ立って登校する事は滅多に無かったのだ。

それなのに、今日は遅刻ぎりぎりの時間にも関わらず、彼は私を待っていたのである。
どう言う風の吹き回しだろうと、私は内心で首を傾げた。

遅刻寸前のこの時間に、道を歩いているのは私達だけだった。
黙って横を歩く友人の顔を、私はそっと盗み見る。
何時もと同じ仏頂面だ。
何を考えているのかなど、私には到底解かるはずも無い。
理由を問い質せばいいと思うのだが、何だか聞くのが怖かった。

会話も無く真っ直ぐな一本道を歩いていると、二本道に別れる分岐点にまで辿り着いた。
この道を右に曲がれば学校はもう直ぐそこだ。
何とか遅刻をせずに済みそうなので、私はほっと胸を撫で下ろした。

「関口君」

私が右に曲がろうとしたところで、中禅寺に声を掛けられる。
振り返ると、中禅寺は道の中央で立ち止まって私を見ていた。

「こっちだ」

そう言うと、彼は左の道を指差し、そのままそちらに向かって歩き出す。

「えっ?そっちは学校と逆方向だよ」

私は慌てた。今日の中禅寺は何だかおかしい。
せっかく始業時間に間に合うと思っていたのに、このままでは二人揃って遅刻になってしまう。

「おい!中禅寺!」

必死に呼び止める私に、漸く彼はこちらを向く。


「今日はいいんだよ。こっちで」


悪戯っぽく笑ってそう言った中禅寺の顔は、
私が初めて見る表情で──思わず見蕩れてしまった。
釈然としないまま、私はどんどん歩いて行ってしまう中禅寺の背中を追いかけた。













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