【 ひとでなしの恋 6 】



中禅寺に触れられ激しく発露したあの感情は、
私の体、心、魂の隅々まで浸透し、深いところまで落ちていった。

想いが消えた訳ではない。
まして、無理にその感情を押し込めた訳でも無い。

「中禅寺が好きだ」と言う想いは、
私の全てに染み込んで完全に私の一部となり、同化した。
それは私、「関口 巽」と言う人間を構成する要素のひとつとなったのだ。

あの時感じた激情は、もう戻って来ないかもしれない。
静かに奥底で燻り続けるこの想いが、再び燃え上がる事は無いだろう。
そして、消え去る事も、きっと無い。
私が死して土に還る、その時まで。










中禅寺と榎木津二人のお陰もあり、
三日も経つ頃にはすっかり復調して、私はまた学校に通えるようになった。

ひとり咽び泣いたあの夜から、私は変わった。
以前のように中禅寺と接する事を、怖いとは思わなくなっていた。
散々泣いた私の心は不思議な変化を遂げ、
私の初恋は深いところへと落ちて行ったのだ。

もう、中禅寺を前にして動揺する事も、痛いくらいの切なさを味わう事も無くなった。
ただ奥底に埋没した、残り火のように小さな火が時折揺らめくだけ。
それは寂しいことではあったけれど、臆病な私はこうなる事をきっと望んだのだ。

あんな強い感情を抱いたまま生きていける程、私は強くない。

これで良いと思った。
酷く小さく儚いけれど、決して消えない灯火を抱えて私は生きて行こう。











雷が鳴っている。
まだ夕刻だと言うのに、曇天のせいか辺りは夜の如き暗闇に包まれている。
時折、稲光が私たちの歩く場所を照らし出し、
それを追いかけるようにして直ぐに雷鳴が轟く。
まだ、雨は降っていない。

「雷」を昔は「神鳴り」と表したと、私に教えてくれたのは誰だったか。
ああ、それはきっと君だったのだろう。

中禅寺。

何度目かの閃光で照らし出された、前を歩く人物の背中を私はぼんやり見詰めた。
物言わぬ背中は、黙々と歩を進める。
私も黙って後ろを歩いている。
聞こえるのは、二人分の靴音と遠くで響く雷鳴。

今日は一学期の終業式だった。
明日からは夏休みに入る。
寮に入っている者は皆それぞれ実家に戻る。
夏休みの間は賄いさんも居なくなる為、寮の機能は事実上停止してしまう。
私も仕方なく、休みの間は実家に帰る事にした。

授業自体は午前中で終了したのだが、その後榎木津に中禅寺共々捕まってしまい、
結局帰るのが今になってしまったのである。

雨が降って来そうなので、私達は昇降口までの道のりを、
急ぎ足で向かっているところなのだ。
中禅寺はどうか知らないが、私は傘を持ってきていない。
ずぶ濡れになるのは何とか免れたかった。

「今にも振り出しそうだな、ああ、榎さんに捕まったりするから……」

それまで全く会話がなかったのだが、私はそう切り出す。
私の言葉に反応してか、前を歩いていた中禅寺は不意に足を止めた。

「……中禅寺……?」

返事は無い。彼は私に背を向けたままじっと固まっている。

「関口君……」

暫くしてそう私の名を呼んだ中禅寺は、微かに首を下に向け、続けた。



「僕は、君が  好きだ」



中禅寺の言葉をまるで待っていたかのように、
突如振り出した雨が窓を激しく叩きつける。
私は、動揺も混乱もしていなかった。
ただ、私も彼に自分の思いを伝えなくてはと、それだけを強く思った。

「……僕も、君が好きだ……」

自分自身を変えてしまう程に。
激しい雨音の中で私が発した言葉が、彼に届いたのかどうか解からない。
白い閃光が、少しだけ項垂れた男の後姿を私に見せ付けたが、
直ぐにそれは闇に溶けて見えなくなる。

周りには雨音しか聞こえなくなった。










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