【 ひとでなしの恋 2 】



その頃の私はとても不安定で、始終鬱々としていた。
慣れない寮生活も祟ってか、
鬱状態と正常な状態を常に行ったり来たりしているような状況だったのである。

もちろん、そんな状態で学校生活に馴染める筈もなかった。
楽し気に青春を謳歌する学友達の姿は、
私の目にはまるで別世界の住人のように映っていたのだ。

私は浮いた存在だった。

それでも、その事に関して悲しいとか、苦しいと言う気持ちはなかったように思う。
自分でも己が正常ではないことを自覚していたのだろう。
そうして無為に時を過ごしていたある日のことだった。





その日私は、終業時間が過ぎても直ぐに寮へとは帰らず、
何となく教室の窓際にある自分の席から校庭を眺めていた。

沈み掛けている太陽の光で、目に映る全ての世界が橙色に染まり綺麗だった。
完全に花びらが散り、葉桜になった木々が風にそよぐ。
意味もなく、私は小さく息を吐いた。

──?

その時、背後で微かに何かの気配を感じた。

「関口君」

不意に名を呼ばれ、私は反射的に声のするほうへ振り返る。

そこには、
茜色に染まった、酷く痩せた体躯をした男が立っていた。

その人物がクラスメイトの中禅寺だと気付くまで、暫く掛かった。
同じクラスだとはいっても、
会話など禄に交わしたことのない人間に話し掛けられ、私は狼狽した。
伺うように相手の顔を見上げると、不機嫌な顔をした中禅寺は片眉を吊り上げ私を見下ろす。

「君、聞こえているなら返事くらいしたまえよ。
それとも名前を間違えて呼んでしまったのかな?
僕の記憶では、君の名は確か「関口 巽」だった筈だが」

苛々とした声色に、私の狼狽は増す。

「あ、ああ。ごめん……。ええと、なにか…?」

やっとの思いで私がそう言うと、目の前の男は小さく溜息を吐く。

「そうやって君は何時も呆けてばかりいるのだね。何だか危なっかしいなあ」
「……………」

何故そんなことを言うのかという疑問は、不思議とその時の私にはなかった。
ただ、目前の男を黙って見上げた。
何も言えないでいる私に向かって中禅寺はもう一度溜息を吐くと、
私の方へと一歩踏み出して顔を近づける。
間近にある男の顔は見事なまでに橙色に染め上げられ、美しかった。

「運悪く先生に明日の授業で使う教材運びを命ぜられてね。
一人では少々骨が折れるから、暇だったら君、手伝ってくれないか?」

そのまますう、と中禅寺は身を引くと彼の癖のない真っ黒な頭髪が揺れる。
途端に、夕焼けに染まっていた教室が薄暗くなった。

完全に陽が落ちたのだ。
茜色の幻想は終わった。

何故だか私は夢心地で、


「……ああ」


とだけ言うと頷いた。





それが、中禅寺と初めて交わした会話である。





その日以来、理由は私にも良く解からないのだが、中禅寺は私に話し掛けてくるようになり、
厭な顔をしつつも、何かにつけ色々と世話を焼いてくれた。

そのうち一緒に行動を共にするまでになった私達は、急速に親しくなったのである。










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