| 君の、ことば。 |
俺が持っていない言葉、 俺が持っていない感覚。 それから、俺が持っていない瞳。 君は、奇跡のようだ。 俺──桐山和雄には意味の解らない言葉がたくさんある。 好き。笑う。慟哭。優しい。絆。悲しみ。友情。寂しさ。嬉しい。正しい。心。 愛。 辞書を引いた。 例えば、 【好き・・・心がひきつけられる】。 【笑う・・・柔らかな表情になったり、声を立てたりする】。 【悲しみ・・・心が痛んで、泣きたくなるような気持ち】。 解らない。 解らない言葉の説明には、多く【心】という言葉が出てくる。 【心・・・@感じたり思ったり、判断する働き。Aまごころ。B意思。C意味】 やはり解らない。 【感じる・・・感覚を生じる、ある気持ちを持つ】。 【思う・・・心の中で考える】。 また【心】だ。 文節から考えても、これらの言葉の関係は非常に不明瞭で、しかも辞書ごとに違う事が書いてある。 解らない言葉と引くと、解らない言葉が出てくる。 俺はそれでも、辞書を追い続ける。 【考える・・・思いを巡らす】。 【気持ち・・・心の状態。心の持ち方、考え方】・・・一周した。 何の説明にもならない。 ところが、充はよくこれらの言葉を使う。これらの状態になる。 『どうしてかわかんないけどさ、ボスは俺を惹きつけるんだ。強く』 『何だか泣けてくるんだよ、畜生!』 『そうさ、俺たちは間違ってて、あいつらは正しい。いつだって、そう決め付けられてる』 一度、尋ねてみた。 『正しいとはどういうことだ?』 (因みに、辞書には【事実に合っている、きちんとしている】と書かれていた。) 充は目を見開いて(【驚いた】時にする表情)、 それから笑った(【嬉しい】【楽しい】などのカテゴリーに分類される)。 『そんなの決まってるだろ。ボスの言う事だよ』 ・・・最高に、解らなかった。 【愛・・・相手のために尽くそうとする、暖かい気持ち】 俺にできないこと、 俺にわからないこと。 それから、俺が持ってない瞳。 あんた、神様みたいだ。 俺──沼井充には、意味の解らない言葉がたくさんある。 顰蹙。分別。胡座。尋問。慟哭。諦観。迂回。懐疑。琴線。 まあ、いろいろ。 そもそもこれは国語の先公が抜き打ちでやりやがったやたら難しい漢字のテストで。 俺は──5点しか取れなかった。 クラスでも下から2番目。 正直、悔しいし恥ずかしい。 平均30点ぐらいしかなかったのに、30点以下の生徒には宿題が出た。 わりと優秀とか言われてる三村が引っ掛かってるのが何だかざまあなくて笑えた。 『これらの言葉の意味を調べ、読み仮名と一緒に書き上げてこい』。 いつもはそんなの無視するんだけど、今回は何だか焦って、多分生まれて初めて、辞書を開いた。 そんなとこ誰かに見られるのはかっこ悪いから、誰も来ない屋上で。 だって、──ボスは、100点を取っていたんだ。 そんなのいつものことだけど、ボスがもしこういう言葉を使った時に、 解らなかった嫌だからって。そう思って。 んで、固まった。 ・・・読み方からして、わからねえ。調べられねえ。 どうしろっていうんだ? 途方に暮れて分厚い本を頭の上にかざした。 あー、これいい武器になる。まあ、男の本質は拳で決まるけどな、やっぱ。 駄目だ。とりあえず、やってみないと。 【分別】なんてどうだ。 なぜかサンカクついてるけど。引いた。 【ぶんべつ・・・種類ごとに区別する事】。 何だよ、俺の【ぶんべつ。分けること】で大体合ってるじゃん。 むっとして隣を見ると、 【ふんべつ(同じ漢字だ、このやろ)・・・物事の良し悪しを判断する事】。 両方書けってことか!? 辞書を投げ出した。 その先でいきなりドアが開いて、現れたのは──ボス。 辞書を隠す暇もなかった。あたふたする俺を気にしないで、ボスはこっちに歩いてきて辞書を拾った。 俺は多分、真っ赤になってる。 『宿題か?』 俯いている俺の横に、ボスは黙って座った。 しばらく俺の答案を眺めていたが、急にいつもと同じ口調で淡々と喋り出した。 『ひんしゅく。不快な気持ちを表す事』。 『あぐら。足を前に組んで座る事』。 『じんもん。口頭で問いただして調べる事』。 びっくりして、聞いた。『それ、全部頭の中に入ってんの!?辞書みたいに?』 ボスは何でもないことみないに(いや、本当に何でもないんだろうけど)『ああ』と言って、 解答を続けた。やっぱり、ボスは凄い。 だけどホントに。聞けば聞くほど、馬鹿らしくなってくる。 【ひんしゅく】はムカついた顔をすること、 【あぐら】なんて漢字知らなくたって俺にも『かける』(実際俺、今あぐらかいてた) 【慟哭】とか、【懐疑】とかだって。思わず職員室の方向へ向けて文句を垂れた。 『カイギだのドウコクだの、そんな難しい言い方しなくったってアヤシイ、悲しいでいいだろ! それでわかるんだから』 淀みなく続いていたボスの声が、突然途切れた。 『・・・充には、【慟哭】がわかるのか』 言われて振り向くと、ボスの目は俺の答案用紙の空欄を見てた。 俺はその言葉の意味が良くわからなかったけど、取りあえず、答えた。 『え。今ボス、【凄く悲しくて、大声で泣く事】って言っただろ。それだったら意味、そのままだろ?』 『・・・そうか』 『わざわざ難しい言葉にして、日本人同士で言葉通じなくしてどうするんだよなー』 俺はまたぼやいたけど、ボスはもう聞いていないみたいだった。 答案用紙を最後まで見て、急にこっちを向いた。 どきっとする。ボスの綺麗な顔は、身構えてないと心臓に悪い。 『難しいな』 100点の人間が何を言いますか。突っ込もうと思ったけど、ボスの瞳見てたら、言葉が出なかった。 全然そんな場面じゃないのに何でだかボスの顔が悲しそうに見えて、 気が付いたら代わりにこんな事を口走ってた。 『俺、ボスがいなくなったら【ドウコク】するけどな』 ボスは軽く腕を上げて、あまり乱れていない左の髪のほつれを直しただけだった。 ・・・君の言葉は、俺にはわからない。 君の感覚は、俺にはわからない。 君の瞳は、俺にはわからない。 ただ、いつも、君は奇跡(辞書には【不思議な出来事】と書いてあった)だ。 神架さん・・・!有難う御座います。何だか頂いてばかりでスイマセン。 でもすっごく嬉しいです。神架さんの小説読めて!! 元(原作)のイメージを崩す事無く、ここまで表現出来るって凄いと思いませんか!? 【君は奇跡のようだ】と【あんた、神様みたいだ】の言葉だけで、もう桐沼!! 本当に尊敬します。神架さん。 |
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