ガラス玉
雪 様







コツン。

透明なガラス玉が、靴の先に当たった。

夕暮れ時。

ふと拾い上げて、頭上にかざした。

それは、夕日を受けて朱色に染まった。

何故か、胸の奥がチクリと痛んだ。

俺は、“らしくない”と思ったけれど、それをポケットにつっこんだ。










  『かったりー、ボスは休みだし、つまんねー。』

屋上の、いつも桐山が立って街並みを眺めている位置。

沼井は手すりに肘を掛けて軽くもたれかかっていた。

今は授業中。沼井はもちろん、サボリである。

この時間は体育の授業がなく、シンを静まりかえっていて、ボンヤリするのにいい。

ポケットに両手を突っ込んで、反り返って空を見上げる。

  『うあー。』

奇声を発しても咎める者はいない。独り言も言いたい放題だ。

  『ボス、何してんのかなぁ?今日は。』

彼が王と崇め、絶対の服従を誓っている桐山和雄。

従者は、本人が目の前にいようといまいと、常に主を思うのが当然だ。

少なくとも沼井はそう信じていた。

彼の愛読する少年マンガでは、徹底してその考えが貫かれているから。

  『はー。』

深く溜め息をついて、ふと自分の行動に気づく。

拾ったあの日から、いつも沼井のポケットの中にあるガラス玉。

気づくと、暇な時は必ずそれをいじっているのだ。

何となく不思議で、そっとポケットから出してみる。


空にすかす。

蒼く染まる。

軽く上に投げては、掴む。

時には予測不可能な方向にあがる。

けれど、綺麗に弧を描いてポトリと掌に落ちる。

ボンヤリとそんな事を繰り返すうち。



カツン。



  『あッ!!』

ガラスは沼井の手を離れて、開け放された屋上の入り口に向けて転がった。

慌てて拾いに走った沼井よりも先に、ゴツイ手がそれを拾い上げようとした。

  『あら、キレイなガラス玉。』

  『さわんな!!!』

今にも掴みかからんイキオイで、沼井は上がってきた人間─月岡─に怒鳴った。

  『充ちゃん?』

月岡は気にもせず、ガラス玉を拾い上げる。

  『ふーん。な−るほど。』

ガラス玉をくるくると指で回しながら、月岡は一人納得する。

  『返せ!ヅキ。それは俺んだ!!!!』

沼井は、月岡の胸倉を掴んだ。

  『乱暴ねー。』

月岡は落ち着きはらって、パパッと沼井の手を左手で払った。

  『後で返してあげるから、ちょっと話につきあいなさいよ。』

ニイっと分厚い唇を吊り上げて笑う。

  『なんの話だよ!ええ!?俺はお前に話す事なんかねーよ。早く返せ!!』

言うより早く、月岡の手からガラス玉を引き剥がそうとする。

  『いいから、そうカッカとしなさんな。』

  『ふざけんな。』

完全に戦闘態勢の沼井。

  『もう、仕方ないわねぇ。先に返してあげるわ。』

ポイっと、ガラス玉を投げる。

沼井は、それを大事そうに受け取って、握り締めた。

  『ホント、かーわいー。充ちゃん。』

  『あぁ!?なんなんだよ!ったく。とっとと話せ!!』

ガラス玉を取り戻して、沼井はすっかり普通モードに戻っていた。

  『その前にちょっと、いいかしら?』

沼井が良いという前に、月岡は馴れた手つきで煙草に火を点け、咥えた。

ふうっと煙を吐き出す。


  『桐山君ってさ、そのガラス玉みたいな子よね。』


静かな屋上に、月岡の声が響いた。

  『な!何言ってやがる。』

  『透明なガラス玉ってさ、綺麗じゃない??』

  『でも泥にまみれれば真っ黒になる。汚いわ。』

  『そんなの洗えば落ちるだろ!』

月岡の言う事には、とりあえず何でもつっかかるのが沼井の癖だった。

  『そこなのよ、充ちゃん。』

  『あぁ!?』

  『桐山君はキレイだわ。凄く』

月岡はホゥっと溜め息を吐いた。

  『おい。ヅキ、まさかボスを狙ってるのか!?』

沼井は本気で心配そうに言った。

  『馬鹿。アタシは三村君一筋よ!!』

  『三村はどうてもいいけど、ボスは神聖なんだかららな!!絶対ダメだ!』

真剣そのもの、聞く耳もたずといったところだ。

  『あー、もう。とにかく。桐山君はキレイ。だけどアタシ達と一緒に悪い事もする。』

  『あぁ!ボスは凄いよな!盗みにしたって計画が完璧だ!本物のワルって感じで。』

沼井の瞳はキラキラと輝いて、まるで自分の事のように語る。

  『ストップ。いい?充ちゃん。桐山君はそうやって悪い事もするけど染まってはいないのよ。

  黒くなっても洗えば落ちてまた透明なガラス玉と同じ。』

その言葉に、沼井は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。

  『あ・・・ッ』


桐山の、感情を写さない瞳。

時折このまま消えてしまいそうに思うけれど、本当はいつだって強く美しい桐山。

透明で綺麗で儚く見えて、実のところ落としても割れないガラス玉。

重なるイメージ。


  (だから、俺は無意識に拾いたくなったのか。)


そして、自分の見ていた淡い夢が砕け散る感覚に襲われる。

  『俺と、同じ色に染まっていると思ってた。そんな事あるはずないのに。』

ギュッとガラス玉を握る手に力を入れて、俯く。

  『確かに透明なガラス玉は何色にも染まらないわ。だけど。』

月岡はちょっと寂しそうに笑った。

  『充ちゃんが、ずっと桐山君の側にいるなら、彼はアンタを写し続けるわ。』

  『ヅキ!?』

  『つまり、そうゆう事。じゃーね。』

吸い終わったヴァージニアスリムメンソールを床に落とし踏みつけると、ヒラリと何事も

なかったように月岡は校舎の階段を降りていった。





あぁ、そうか。

俺は、ボスが自ら俺達、いや俺と同じ色に染まった夢を見てた。

それで、それが見果てぬ夢と分かったら、崩れそうになった。

でも、夢を、現実に近づける事は出来る。

だったら。

俺は、ずっとボスの側にいて、無色透明のボスに付く色であり続けよう。

出来る事なら、いつか、俺が死ぬ時。

その時までボスの瞳に俺を写し続けよう

そう、決めた。


俺は、手の中のガラス玉をもう一度じっくり見つめ、そしてポケットにしまった。










それは修学旅行の前日の事だった。

桐山ファミリーの、“秘密の場所”で、彼等は翌日からの旅行について話していた。

  『けっ!子供のお遊びじゃねーか、俺はいかねーぞ。』

沼井が啖呵を切る。

  『でもよー。こんな小さい街だけじゃなくさ、もっと広範囲に桐山ファミリーの名前を広げるチャンスだぜ!』

笹川が興奮ぎみに言う。

  『どうせココに残っても暇だしなー。』

黒長が覇気のない感じで呟く。

  『アタシは行くわよー。だって修学旅行の夜とくれば、男の子は夜這いでしょ!三村君!

  アタシをものにして☆なーんてね☆きゃッ♪』

月岡が冗談とも本気ともとれる口調でのたまう。

  『くだらねー!!!なぁ、そうだよ。ボス!ボスはどうする?行かねーよな?』

ずっと黙っていた桐山に、沼井が尋ねる。

  『充。』

スっと目線だけ沼井によこして、桐山が淡々と問う。

  『いる場所が変われば気分も変わるものか?』

  『うえ!?え、ええっとぉ。』

桐山から物をたずねられるなど、そうそうある事ではない。

周りもビックリしているし、何より、振られた沼井は取り乱すほかない。

クルクルとよく動く瞳で桐山を見る。

  『変わる、んじゃないかな?』

  『そうか。だったら行くのも悪くない。』

  『マジかよぉ・・・。』

沼井はガックリ肩を落とす。桐山が参加するならモチロン自分も参加だ。

  『よっしゃ!一暴れだ!!』

笹川が腕をまくった。

  『用意とか、かったりーけどな。』

黒長はポツリと呟いた。

  『三村君、どんな寝間着が好きかしらー☆困っちゃうわー』

違う次元にいる月岡。

そんな奇妙な連帯感に繋がれた関係が、ずっと続く筈だったのに。





修学旅行で目的地へ向かうバスの中。

バカやりながら揺らされていたら、突然襲っていた眠気。

朦朧としたまま目をさますと、見慣れない教室。首には冷たい金属の首輪。

突然、「プログラム」とやらに選ばれた、と政府の奴に言われた。

訳が分からないうちに、人が目の前で殺された。

目の前に、さっきまで動いていた奴等の死体、死体、死体。

一体なんなんだよ!!!!

でも、声は出せない。

イライラしていた俺の手に、小さな白い紙切れがスルリと入れられた。

ボスからのメモだ。

ああ、そうだ。俺達は桐山ファミリーだ。心配する事なない。

ボスがいるじゃないか。

思いながら、俺はまたポケットのガラス玉を握り締めた。





出席番号順だった為、沼井はファミリーの中で一番最後に教室を出る事になった。

廊下を駆け抜けながら支給されたデイバックを開ける。

  (俺の武器は拳銃かよ!ホンモノじゃねーか!!)

手にすると、ドクン、心臓が音をたてた。

  (くそっ。腕が震えてるぜ!)

けれど、止まっている猶予はない。一刻も早く桐山の所に行かなければならない。

渡されたメモをそっと開く。


“ここが本当に島なら、南の端で待っている”


左手には支給されたコンパスを持って、再び走りだそうとした。が、

  (!!!)

駆け出そうとした沼井の足元、銀の羽が生えた二つの体が転がっていた。

  (どうなってんだよ!ちくしょう!!)

人の気配を感じなかったのも当然だ。赤松と天童はすでに息絶えていた。

  (本当に、どうなっちまってるんだ!!)

早く、早く桐山と合流せねば落ち着かない。沼井の本能が叫ぶ。

だが、同時にこうも叫ぶ。慎重に行かねば。

桐山がやられる事はないだろうが、自分達はもしかしたら危ない。そう、自分達は。

  (ボスしかいないって事も考えられるわけか。くそっ!!)

そこまで考えて、頭を振った。

沼井は自分を落ち着かせ、あとはひたすら桐山の事だけを思って走った。



どれくらい走っただろうか?

ようやく、遮るものが少ない道を駆け抜け岩が突き出た所に出る。

その岩並を降りようとして・・・。


  『充。』


背後からの声。動揺してコンパスを落としてしまう。が、拾っている場合ではない。

沼井は、銃を、声のした先にしっかり構えた。

よく考えれば、呼び方と声のトーンですぐにそれが桐山だと気づいたはずだが、

この状況では仕方なかった。

じっと岩陰から現れた人間を窺う。

  『ボス!!』

桐山である事に安堵する。

しかし。

桐山の下には見慣れた人間だったモノが三つ。

水溜りの中に落ちていた。

酷い血の臭い。


  (ボスが?まさか!何で!!!)


回転する思考。語る桐山の声にj答えるる自分と、訳が分からない自分。

銃を掴んだままの右手。

左手は無意識のうちにポケットに突っ込みガラス玉を掴んでいた。祈りを込めて。

けれど、その願いも空しく。

沼井の思考は、“桐山が自分から仲間を殺した”という恐ろしい考えて完全に止まった。

もう、パニックどころの騒ぎではなかった。


  (やらなきゃ、やられる!!)


両手で銃を構えようとした。慌てて左手を抜く。

ガラス玉が、ボケットから落ちた。





ぱららららら。





沼井は、銃を向ける事すら出来ぬまま崩れ落ちた。













  『充。』


桐山はスっっと沼井の死体に近づいて、体に開いた穴を確かめる。

その瞳に映るのは沼井だけ。

紅く染まった、沼井ただ一人だった。

そして、ふと思い立って周りを注意深く探す。

沼井の手から転がり落ちた、小さなガラス玉を。

丁度沼井が倒れこんだ、頭の上あたりにソレはあった。

沼井の血に染まって赤黒くヌメっているソレを、桐山は拾い上げるとガクランの胸ポケットにしまった。



そして、もう後ろを振り返る事もなく立ち去った。












雪さん素敵な小説有難う御座いました〜。
ボスはガラス玉。私もそう思います。彼は無垢なんですよ、永遠に。

物々交換で頂いたんですが、こんな素晴らしい小説を頂戴したのに、
どうしようもない駄目絵を贈ってしまって、心苦しいです・・・。


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