| 震える砂 |
| 神架 憐 様 |
砂が落ちる音が聞こえる。 さらさらさら、さらさらさらさらさら。 穏やかで規則的な音に、彼はそっと瞼を上げた。 夜だった。彼は白い砂の上に横たわっているようだった。 放り出された腕の向こうで空から一筋の砂が零れ落ち、 彼の少し手前でひと掬いの小さな山を形造っていた。 奥には赤茶けた、岩肌が見える。 砂の落ちる音が聞こえる。 それだけだった。彼は体を起こして辺りを見回そうとして、体が全く動かない事に気付いた。 時折風が吹いて、砂が舞い微かに頬に触れる感覚や、或いは揺らされた髪が耳元を擽るのも 鮮明に感じられるのに、糸が切れたように指先一本動かなかった。 それで怖いと感じる機能を持ち合わせていなかったので、彼は只目の前を流れ落ちる 白い砂を眺める事にした。 倒れた視界には、本当にそれだけしか、動くものがなかったので。 どの位そうしていただろうか。 月明かりを受けて薄く光っているようにも見える砂はその質量を少しずつ増やし、 いつしか彼の視界から岩肌の存在を奪った。 今や世界の全てとなった白い砂は、そこで初めてごく小さな変化を起こした。 砂の落ちる勢いに打たれて、砂山の頂点が軽く崩れ、彼の手の上に滑り落ちたのだ。 砂に埋もれた指先が消失した。 少なくとも、それは彼の視界からは消えていたし、感覚も綺麗に無くなっていた。 砂山は、彼の手を覆った砂の上にも降り積もるようにして、その大きさを増している。 さらさらと、穏やかに。 彼は飽きもせず、最早視界を完全に覆った砂と、それが頂点から規則的に流れる様とを眺めている。 少しづつ、腕が消えていった。続けて、肩。 砂が地面に接した彼の耳元に届くと、地面から伝わっていた砂音が消えた。 心なしか軽くなった音に変わらず耳を傾けていると、目元に砂が届いた。 瞼を閉じようとして、止めた。もう少しこの仄かに光る粒子の流れを見ていようと思ったので。 それは奇妙な感覚だった。 痛みもなく、視界の端に生じた無がゆっくりとせり上がって来て、薄い網膜一つで隔てられた 外の世界を侵食していく様だった。 ふと、唇に砂が触れる。 彼は小さく息をついて、初めて呼吸を思い出した。 何か言おうとして、特に言葉が思い当たらない事に気付き、止めた。 さらさらという音の流れを邪魔する事もない。 折角思い出した呼吸も、やがて砂の下に消えた。 視界の隅に僅かに残っていた柔らかな光と、上空にある筈の夜も、順を追って、無くなっていった。 それでも、まだ音は続いている。 砂の落ちる音が聞こえる。 左のこめかみを埋めて、耳朶を辿るように近づくそれ。 さらさらさらさらさら、さら。 突然、音が止まった。 同時に何もかもが彼から遠ざかり、そこには虚無──彼の精神──だけが取り残された。 そして彼は、滅びというものを知った。 それも悪くないかなと思った。 目を醒ましたのは意外だったので、体を起こしてから彼はぼんやりと自分の身体を見下ろしていた。 傍には充がいる。遠くを見ているその顔に視線を転じると、少年は彼が起きたのに気付いて笑いかけた。 少年の後ろにはコンクリートの壁と夕焼けと町並みと海が見える。 それで、ここが学校の屋上である事が分かった。 夜も砂も、何処にも無かった。 彼は自らの瞼を伏せて、そこにそっと触れた。 続けて耳にも触れ、唇に触れる。 その動きは確かめるようでもあったし、また、厭うているようでもあった。 視線を上げると、充が小さく息を呑むのが解った。 特に理由もなく──彼の行う事には常に理由がなかったが──彼はその指先を そのまま充に向かって伸ばした。 同じようにして瞼に触れた少年の体が、びくっと硬直するのが伝わる。 辿るようにして、耳、唇。暖かい。 軽く押すと押し殺した吐息が漏れたので、彼は呼吸を思い出した。 耳の奥で砂の落ちる音がする。 視界と、呼吸を取り戻した彼は、もう一つ欠けたものを思い出した。 『何か話してくれ』 呟き、つと指を離すと、充は千年の呪縛から解き放たれたかのような仕草でその場にくずおれた。 ぐったりと壁に背を凭せ掛け、胸に手を置いて大仰に溜め息をつく。 『──ボス』 やっとそれだけ言って充は目を閉じてしまったが、確かに鼓膜を震わせたその声に、 彼はやはり、これも悪くないのだろうと思ったのだ。 何処までが夢なのか、本当は良く覚えていない。 どうでもよいことだったからだ。 どうでもよくないことなど一つもないけれど。 充の死体の傍に屈んで、彼の身体に触れた。 銃弾とその傷を辿るようにして触れた身体は、あの時と同じように暖かい。 弾痕の様子と血の流れを確かめて、つと指を離した。 同じ指が、無意識に左のこめかみの後ろに触れる。 興味を持った当然の流れとして『ナイフで切られた人の体』の存在にふと気付くが、 特にそちらを確かめてみる気は起きなかった。 月明かりに照らされた砂が、仄かに白く光って見えた。 桐山は自分の唇に触れる。冷たい。 舌先に、生まれて初めて血の味を知る。 少し、面白くないと、思う。 そのとき彼の顔を誰かが見ていたら、『哀しそう』であったと形容したかもしれない。 夜風がさらさらと、海岸の砂を鳴らしていた。 かっこいい・・・。切ない。また泣いた。 神架さんの小説見て泣くの三回目ですよ。 試しに『書いてー』とお願いしたら、本当に書いて下さいました。 しかもこんなに素敵な桐沼を!!神架さん有難う御座いました! やはり貴方は凄い人です。 |
| Back |