| 転々 |
永遠に咲かない花 出口のない部屋 真っ直ぐに崖へと続く道 独り言──或いは、嗚呼、ガラス越しの逢瀬のような 高い木の根元に座りこんでいる桐山の前には、名も知らぬ草が深く生い茂り、 彼の視界中を覆い尽くしていた。 新緑が萌えるこの時季、草木はその種類の数と同じだけの多様な緑色を見せるはずだが、 薄く鋭く差し込む日差しは傾きかけていたので、新緑の色も淡く茜色を孕んでおり、 本来の色彩を目にすることはできない。 頭上で擦れあう枝々が、ざわざわと鳴っている。 風が少し強いようだ。 ゲームが開始してから、二日目の夕暮れ時。 ほんの僅かな小休憩。 殺傷能力が最も高く、使用頻度も多い武器──イングラムM10サブマシンガン──は、 今は桐山の膝の上に置かれ、暫しの休息を取っているものの、 彼の掌と指はいつでもそれを駆使できるように張り付いたままだった。 ふと、手にしている武器で今までに仕留めた人数と、 その人物が誰であったのかという疑問が、桐山の中に浮かぶ。 手に掛けた順に、名前と人物像と総数を思い出そうかと思考し掛けて、直ぐに止めた。 意味がない上に、面倒だったからだ。 何より、接点がなくなった人間(この場合、死んだ人間)の情報は、悉く桐山の記憶を上滑りして、 しっかりとした像(かたち)を結ぶことがないであろうことを、彼は承知していたから。 人間が貯蔵しておける情報量は無限ではない。 不必要な情報は切り捨てる。 だから桐山は、居なくなった人間の情報を見事な速度で忘却してゆく。 心象を通過しない彼の脳の働きとしては当然で、効率の良い遣り方だった。 仮に、桐山が在籍するクラスがプログラムに選ばれなかったなら、 クラスメイトである、彼らの情報が桐山の脳内から弾き出されるのは、 もう少し先の、卒業後になっていただろう。 しかし、仮定の事象を並べてみたところで、結局は無駄なこと。 城岩中学校3年B組は、プログラム対象クラスに選ばれた。 そして、現実にゲームは始まっている。 目的地へと向かうため、3年B組の一行はバスに揺られていた。 修学旅行だったのだ。 けれど、知らぬうちに深い眠りに捕らわれ(催眠ガスか何かを使われたのだろう)、 目が覚めた時には、見慣れているのとは違う教室にいた。 そして坂持という男から、プログラム対象クラスに選ばれたと言い渡されることになる。 その時の状況を、桐山はぼんやりと回想していた。 脳裏に映像を起こす遣り方ではなく、その場の雰囲気を思いだそうとしていた。 教室全体が、激しく動揺していたように思う。 極一部、例外な者もいたが。(川田と、そして桐山本人である) どうでもよいことであると同時に、クラスメイトの反応は桐山にとって不可解でもあった。 今更、驚くことだろうかと、そう思ったのである。 自分たちのクラスがプログラムに選ばれる可能性は、800分の1という確率ではっきりと数値化され、 厳然と目前の道に横たわっていた。低い確率であるにしろ、解りきった現実なのだ。 対象クラスにならず、そのまま卒業する確率のほうが遥かに高いにしても、それは絶対ではない。 桐山の頭は、“自分の在籍するクラスが、プログラム対象クラスに選ばれる可能性もある”のだと、 意識するでなく、無意識の領域で計算していた。 覚悟をするのとは違う。認識していただけだ。要は、確率の問題である。 確かに、プログラム対象クラスに選ばれたのは、一般的に見れば不運なのだろう。 普通の人間は、殺したり殺されたりすることを、快く思わないらしいから。 ああ、だからなのか。 だから、クラスの連中は動揺していたのか。 殺すことも、殺されることにも何も感じない桐山は、そう結論づけた。 死ぬことを厭うことは、なんとなしに理解できる。 人間に限らず、生命を持つ生き物が”死”を厭うている様子なのは、桐山にも解っていた。 きっと、感情とは別の、生き物が生まれ持った本能なのだろうと、そう解釈している。 それなのに、死を間近に突きつけられたこの状況下でさえ、彼は死に対して思うところがなにもない。 進んで死にたい訳ではないけれど、死んでも構わないとも思っている。 犬猫や虫ですら持っている本能が、自分にはないようだ。 物理的には間違いなく人であるものの、性質は全く異質なのかもしれない。 自分は何故、こうなのだろう。 そんなことを少しだけ考えて、桐山は小首を傾げた。 でも。 答えは要らない。 死の価値すら知らないのだから。 単なる疑問。 一方通行な問い。 永遠に咲かない花。出口のない部屋。真っ直ぐに崖へと続く道。 独り言──或いは、嗚呼、ガラス越しの逢瀬のような。 解らなくても、構わないのだ。 浮かんでくる言葉を文字を、ひたすらに追うだけ。 退屈にならないよう。疲れないよう。 空っぽだからこその、暇潰し。 意識せずとも、勝手に疑問は立ち上がり続ける。 目の裏に走る文字を無視すると、桐山は腕時計に視線を落とした。 そろそろ動かなくてはならない。 周囲に注意を払いながら、桐山はゆっくりと立ち上がる。 右腕だけで支えているイングラムが、前よりも重く感じた。 何故かは解らないし、それについて桐山の脳が反応することもなかった。 目を閉じ、左手の指先でそれに触れる。 硬質な鉄の塊の、即物的で冷たい感触。 この武器は、自分に似ているのかもしれない。いや、似ているのだろう。 彼にしては珍しく断言してみせると、極めて静かに、冷静に、桐山は歩き出した。 新しく誰かを忘却するか、もしくは自分が忘れ去られるために。 絶えず打ち寄せていた文字の波が、どっと遠くに退いていった。 |
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