| 信じてあげる |
男が、あたしの肩を抱き寄せて、言った。 『お前は最高の女だ。愛してる』 そうね、あたしっていい女だもの。 自分の容姿が魅力的なのも知っているし。 実際、呆れ果てるくらい、男に言い寄られている。 でも、最後の言葉は余計だわ。 『愛してる』 なんて。 そんな言葉に、何の意味があるって言うの? 信じないわ、そんな言葉。 信じない。 愛って。 何? 短い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりとした瞳で、滝口優一郎は、相馬光子を見上げた。 『ご、ごめんよ。俺、もう、そうま、さんを、まも、守れないや、俺・・・』 『わかってる』 滝口の言葉に光子はそう答えると、彼の額を指先でそっと撫でた。 滝口は、自分をかばって撃たれたのだ。 ──馬鹿ね。 その事実と向き合った時、光子は、冷ややかにそう思った。 同時にこうも思った。『愚か』だと。 滝口の行動は、光子にとって、思いもよらないものだった。 理解出来ない行為だと、言ったほうが正しいかもしれない。 命を懸けて、他の人間を守るなど。 馬鹿らしいと、そう思った。 しかし滝口は、馬鹿で愚かなその行為を、やってのけたのだ。 滝口の顔を見る。 彼の顔をまともに見るのは、これが初めてだろう。 ──結構、可愛らしい顔してるのね。 その時光子の脳裏には、彼女の中を通り過ぎていった、何人もの男達の姿が過ぎった。 奪うだけ、奪って行った者。 要らない言葉ばかり吐いて行った者。 体目当ての者。 みんな、どうしようもない、馬鹿ばかりだった。 少なくとも、光子にとっては、そうだった。 誰ひとりとして、光子に何かを与えてくれた者はいなかった。 今まで。 幾度となく彼女に送られた、『愛してる』も。 光子の心には残らなかった。 欠片も、残りはしなかった。 何故なら。 男達の吐いた、『愛してる』の言葉と同様、光子は何者も信じてはいなかったのだから。 滝口の、彼の命を懸けた行為は、光子の心を通り過ぎず、足跡を残した。 小さな、感動。 キスをした。 心を込めて。 血の味がした。 じわっと、心の中に何かが広がって。 光子は初めて、他人の唇を熱いと感じた。 もし、今あなたが。 『愛してる』 と、言ったなら。 あたし、その言葉を信じてもいい。 あなたなら、信じてあげる。 でも、残念。 もう、お別れね。 あなた、死んじゃうもの。 死んでしまうもの。 助けてくれてありがとう。 あなたちょっと、素敵だった。 あたしちょっと、嬉しかった。 苦しそうね。 いいのよ。 今、楽に。 光子は、手にしていたリボルバーの引き金を、二度、引いた。 忘れないわ、あなたのこと。 その場を立ち去った光子の心には、 怒りも。 憎しみも。 悲しみも。 嘆きも。 ありとあらゆる負の感情など、これっぽっちも存在しなかった。 代わりに彼女の心を占めていたのは、 喜びや。 嬉しさや。 優しさや。 切なさ。 そう言ったもので、彼女の心は、埋まっていた。 それは彼女が生まれて初めて知った、幸福だったのかもしれない。 |
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