| 泣き虫 |
あなた、泣き虫だった。 小さい頃は、よく泣いていた。 苛めっ子にからかわれて泣いていたし。 ちょっと転んだだけでも泣いていた。 泣き虫だったのよ、あなた。 足からの出血も酷いし。 背中に三発も銃弾を撃ち込まれた。 新井田の奴に殴られたせいか、左半身はもう、感覚がない。 自分でも、長く生きられないことは分かっていた。 こんなはずじゃなかったのに、と思う。 私の人生、こんな処で終わるはずじゃ。 お父さん、お母さん。 先立つ不孝をお許し下さい。 彩子。 これからは、アンタがしっかりしないと駄目よ。 ああ、それから。 誰を思い出そう。 もう時間がないのだから。 今のうちに、思い出せるだけ、思い出しとかないと。 そうだ。 弘樹。 弘樹はまだ、生きてるのだろうか? 拳法なんてやってるから、強いけど。 あいつが自分から人を殺すとは思えないし。 騙し討ちなんて卑怯な手になら、簡単に掛かってしまうかもしれない。 お人好しだものね、弘樹。 もう、どこも動かせないと思っていた貴子の口元が、薄っすらと、笑みの形を作った。 『貴子』 弘樹の声が聞こえる。 人間の体って便利に出来てるのね。 死ぬ間際に、幻聴まで聞かせてくれるなんて。 『貴子』 もう一度、呼ばれた。 重たい瞼をやっとの思いで開けると、視界に見慣れた、顔。 『・・・・・弘樹』 杉村弘樹だった。 『しっかりしろ、誰にやられた?』 『あ・・・』 どうやら、本物らしい。 凄い。こう言うのを奇跡って言うのかしら。 『・・・光子よ。気を付けて・・・』 いつもなら何てことのない、ただ話すと言う行為が、今の貴子には大仕事だった。 それでも、弘樹と話が出来て、最期に会えて、良かったと、思う。 弘樹は、自分を待っていてくれたのだと言う。 自分を、探していてくれたのだと言う。 それが確認出来ただけでも、充分だと思った。 しかし、最期に、最期だから、聞いてみたいことが、貴子にはあった。 『・・・あんた、好きな子はいるの?』 『・・・・・・いるよ』 『まさか、あたしじゃないわね』 『・・・違う』 馬鹿ね。こう言う時は、嘘でも『お前が好きだった』って言うべきじゃない? 嘘が吐けないのよね、あなた。 でも、あなたのそう言うとこ、好きよ。 強くなったね、弘樹。 イイ男になったね。 貴子がそう言うと、『お前こそ、世界一かっこいい女だ』と、弘樹は言った。 ありがとう。 そう言いたかったけれど、もう駄目だった。 急速に身体が沈んで行くような、感覚。 間近にある弘樹の顔を見て、貴子は気づいた。 泣き虫だった幼馴染みが、泣いていないことに。 弘樹。 本当に、強くなったわ。 でも。 私が死んだら。 少しだけ、泣いてね。 昔の、泣き虫だった頃みたいに、泣いてね。 お願いよ。 千草貴子は、杉村弘樹の腕の中で、とうとう、息絶えた。 抜け殻になった貴子を抱き締めたまま、杉村弘樹は、泣き虫だった頃に戻って、泣いた。 彼女の願い通りに。 |
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