| 夢の言の葉 |
何でもいい。 何か、言いたかったんだ。 それだけ、なのに。 室内を、テレビから流れる音だけが支配している。 交わされる言葉は、何ひとつなく。 けれど、そこにいる二人は、特にそれを気にした風ではなかった。 不意に、無音が訪れた。 テレビの放送時間が終了し、音声の無い映像だけの画面がブラウン管で動いている。 どこか知らない土地の風景と、そこで働く原住民の映像。 桐山は、画面から視線を外す。 彼にとって、別段興味を引かれるような光景ではない。 それよりも、桐山の意識は唐突に訪れた沈黙へと移っていた。 いつもなら気にも留めない、寧ろ馴染みなった静かな空間。 彼はふと、この静けさを破ってみようかと思う。 気紛れだろう。 桐山和雄とは、そういう人間である。 とりあえず、向かいに座っている人物の名前を呼んでみようかと思ったが、口を開きかけて止めた。 直感で違うと思った。彼の本能がそう訴えている。 余りに当たり前過ぎる。 それならば何を口にすれば良いのかと思い、考えたけれど結局何も思い浮かばなかった。 そこで彼は、奇妙な感覚を覚える。 何だろう。この感じは。 ただ、沈黙を破りたいが為に、言葉を発しようと思っただけではなかったのか。 これではまるで、言うべき言葉が予(あらかじ)め決まっていて、それを探しているようだ。 (決まっているのか?) 訳が解らなくなって、軽い目眩がした。 最終的に沈黙を破ったのは、もうひとりの同室者である充が、床に雑誌を落とした音だった。 理由は簡単。突然桐山に腕を引かれたからである。 「ボス?」 そうしてこの通り、一番最初に言葉を発したのも、桐山ではなかった。 引き寄せられ、いきなり抱き込まれた充は困惑して桐山の服の裾を引っ張る。 けれど桐山は、何も言えなかった。 名前さえ、呼べずに。 好きだ。 どうしようもなく。 出会えてよかった。 嬉しくて。 切ない。 笑って。 泣かないで。 苦しい。 寂しい。 許してくれ。 一緒に居たいだけ。 離れてゆかないで。 ずっと、側に居て。 全部全部、幻。 彼が損なわなければの、夢の言の葉。 どれかひとつだって、彼は思い浮かべることなんか出来やしない。 ぜんぶ ぜんぶ まぼろし |
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