| 別れ道 |
はあ、と息を吐いたら。 真っ白な息が、夜空の藍色に溶けていった。 冬というのは寒いものだけれど、今日は特別に冷える日だった。 首に巻いたマフラーに顔を埋めてみても、剥き出しになった耳が外気に晒され、ぴりぴりと痛む。 寒さも限度を越えると痛みを伴うのだ。 並んで歩く桐山を見る。額が露わになる彼の髪型はいかにも寒そうに見えるのだが、 無表情の顔からは、そのような気配は微塵も感じられない。 この人は、真夏でも真冬でも同じように涼しい顔をしている。 寒くて堪らない。 そう思って、充はまた白い息を吐き出した。 目に映る景色の中に、いつもの、あの曲がり角が見えてきた。 街で遊んだあと、家路を辿るふたりが別れる道だ。 灰色のブロック塀に囲まれた道路、真正面に見える青い屋根瓦の家、ちかちかと点滅する電燈。 目に焼きついたそれらの光景は、別れの予感と共に、充の胸に染みついている。 曲がり角が近づくと、決まって充の心は落ちつかなくなるのだ。 ざわざわと、胸が鳴って。 もう二度と桐山には会えないかもしれないと、 確信めいた思いが頭を過ぎる。 その予想は毎回外れるのに、 けれど充は、この場所にくる度に、そう思う。 今も思っていた。 その道との距離が縮まるのが怖くて、歩調を緩めようとする充に構わず、 桐山はまるで迷いなどないように、同じペースを保ったままで歩く。 それは、桐山が進んで別離を促しているように思えて、充はきゅっと下唇を噛んだ。 寂しさと怒りで、胃の辺りが氷の塊を飲み込んだように冷たい。 もう、曲がり角まで10メートルもなかった。 ふたりで居ても、凍えてしまいそうなのに。 怖くは、ないのだろうか。 ひとりになるのが、怖くない? こんなに、寒いのに。 とても我慢出来そうになくて、充は意を決して桐山を引き留めてみようと口を開いた。 『今日──』 『今日──』 全く同じタイミングで、少し上擦った充の声と、静かな桐山の声が、同じ言葉を発した。 充は、大層驚いて。 桐山は、特に何も感じてはいなかった。 『・・・何だ?』 『え?あ・・・いやその、ボスこそ何?なんか言い掛けたよな?』 『俺はいい。充が先に言え』 『い、いいよ。ボスが先に言えよ』 立ち止まったまま、滑稽にも思える譲り合いをしたあと、暫くふたりは沈黙していたが、 漸く桐山が言い掛けた言葉の続きを繋ぎだした。 『・・・今日、これから何か予定はあるか?』 『・・・無い、けど・・・』 さっきとは別の胸騒ぎがして、充はブルゾンのポケットに突っ込んだ掌を握り締める。 胸の氷が、生温い期待に氷解してゆく。 充は俯いて、足許のアスファルトを見詰めながら、桐山の言葉を待った。 『今から充の家に行ってもいいか?』 それは、待っていた言葉の中でも最上の物で。 顔を上げた充は勿論、笑顔で、「うん」と答えた。 寒いのなんて、もうどうだっていい。 今はその寒ささえ、歓喜に変わる。 『今日スッゲー寒いよな』 『ああ』 『もうだいぶ遅いけど、どうする?泊まってく?』 『・・・そうだな』 他愛ない会話を交わしながら歩いている、その道は。 いつもは別れ道だけれど、ほんの偶に、ふたりで通る道になる。 角を曲がる瞬間。 充は、家に着いたら一番で熱いココアをいれようと思い。 桐山は、特に何も思ってはいなかった。 ふたり分の真っ白な息が、夜空の藍色に溶けて消えていった。 |
| Back |