うちに来るかい?6







婚姻届を出して、そのまま俺が桐山の家にきてから四日が過ぎた。

来訪初日に受けた体のダメージは想像以上に大きかったらしく、体力だけが自慢の俺でも、

普通に状態に戻るまで丸々二日もかかってしまった。

ちなみに桐山は、二日目の夜にはもう元気になっていた。
(化け物め)

ふたり共復調した訳だし、今日は久し振りに、学校へ行こうということになったのだ。


学校が始まる時間に合わせて朝起きるなんて、俺にしては珍しい。

桐山と一緒に朝食を摂り、更に玄関でふたり並んで靴を履いていると、何だか妙な気持ちになる。

夫婦というより、兄弟になった気分だ。


玄関から出ようと引き戸に手を掛けたところで、肩にぽん、と手を置かれた。

振り返ると、俺の肩に右手を置いた桐山が、じっとこちらを見ている。


『・・・何?ボス』

『何か忘れていないか?』


忘れ物?そんなのあったっけ?

一応考えてみるが、特に思い当たる忘れ物なんてない。

教科書の類は学校に置きっぱなしにしてあるし、真面目に授業を受けることなど殆どないので、

忘れたとしても特に支障はない。

そもそも俺は余り物を持ち歩かない方だ。外出するのにはサイフさえあれば充分だと思っている。


何となく嫌な感じを覚えて桐山の顔を窺う。これまでのパターンを考えると、桐山はこういう時

碌なことを言い出さないと学習していたから。
(酷い言い様だな)


『・・・え〜と、俺なんか忘れてる?』


『ああ』

『・・・・・何?』
(警戒)

『いってらっしゃいのキス』



嫌な予感、
見事に的中。


『・・・なんでンなことしなきゃなんねーんだよ・・・』
(呆)

『夫婦はするものじゃないのか?』

『外人じゃないんだし、普通はしないだろ?』

『うちの親は
毎朝してるぞ


うわあ、ボスの両親てば


どうしよう、
ラブラブだよあの人達。


『・・・そういう訳だから、家を出る前に接吻だ』(威圧感発散中)


どういう訳だよ!!?しかも接吻てアンタ。

じりじりと距離を詰めてくる桐山に俺は後じさった・・・が、後ろは既に壁だった。

壁に手を置かれ、逃げることすら叶わない。もう駄目だと、俺はぎゅっと目を瞑った。

直後、軽い音と共に、柔らかい感触が頬を掠めるようにして触れた。


『・・・・・ほっぺた・・・?』

『・・・それがどうかしたのか?』


桐山の問いに、何でもないと答えて、俺は口を噤んだ。

頬にキス、というのが実は意外だったのだ。

俺はてっきり、恐ろしく濃厚なのをお見舞いされるのかと思っていたので。
(どんなのだよ)


呆けている俺には構わず、桐山はさっと体を翻すと玄関を出ていこうとする。

慌ててそのあとを追って、完全に桐山が玄関を出てしまう前に、その腕を取った。

気がついて振り向こうとする顔に、同じようなキスをした。頬に触れるだけのキス。


『ははは。お返し〜』
(照笑)


照れ隠しに笑ってそう言った俺だけれど、目に入った玄関先の光景に体が硬直した。

見送りのためだろうか、玄関を出た直ぐの処に召し使いさんがふたり立っていた。

ふたりとも驚いたような顔をしていたが、次の瞬間くすくすと笑いだした。


『朝から仲が宜しくて、羨ましいですわ』


・・・・・ばっちり見られた。


赤くなった顔を見られたくなくて、俺は桐山を急かして小走りに桐山邸をあとにした。

これじゃあまるっきり、俺が新婚気分で浮かれてるみたいじゃないか。
(実際浮かれてる癖に・・・)










玄関先で余計な時間を取られたお陰で、俺達が教室に入った時には既に担任の林田が

出席を取っている処だった。別に遅刻したって全然構わないんだけど。

俺も桐山も黙って席に着いたが、林田は俺達に視線をちらりと向けただけで、特に何も言わなかった。


『はいはい、みんな静かに。今日はお知らせがあります』


出席簿を閉じながら、林田がそう切りだした。ざわついていた教室内がしんと静まり返る。

それから林田は一瞬、桐山の方を見たような気がしたのだが、気のせいだったのかもしれない。


『えー、沼井が家庭の事情で、
苗字が変わることになった


林田の言葉に、机の上でダレていた俺は、弾かれたように上体を起こした。


な、何を言いだすんだコイツは!!(衝撃)

いやそれより、どうして林田が俺の苗字が変わったことを知ってるんだ!?

慌てて桐山に視線を向ける。すると、俺と目が合った桐山はこっくりと頷いた。


・・・・・何故頷く?何だその反応は?


俺が混乱している最中にも、周りから窺うような視線と、女子の奴らの囁き合う声が聞こえてくる。


『苗字が変わるって、どういうこと?』
(ヒソヒソ)

『・・・沼井くんの家、離婚したんじゃない?』
(ヒソヒソ)


本当は違うけど、そう思っていてくれていいです。


しかし、俺の思いとは裏腹に、林田が続いて話した内容は、俺にとって死刑宣告に近いものだった。



『沼井は、
「桐山」に名前が変わったから、みんな憶えておくようになー』

『桐山!!?』(×約40人分)



殆どクラス全員が、俺と桐山の方へと一斉に顔を向けた。

最悪だ。最低の状況だ。
世界の滅亡を目の当たりにしたような気分だ。


林田が教室を出て行ってから直ぐに、室内は騒然となった。

クラスの連中はどうして俺が、「桐山」になったのか訊きたいようだったけれど、

強面で通ってる俺に声をかける勇気のある人間は、多分いないだろう。

・・・いないと思いたい。(切実)

仮に何か訊いてくる奴がいても、睨み付けて黙らせてやればいいだけのことだ。

大丈夫だ、何とかなる。
しっかりしろ充!


『聞いてくれるかな』



静かな、けれども印象的な声が教室内に響いた。

俺は驚いて左側に視線を遣った。その声が聞き慣れたものだったからである。

声の持ち主は勿論、桐山だった。クラス内の人間も突然話しだした桐山に注目している。

全身から、ざざーっと血の気が引いてゆくのを俺は感じた。


しまった!俺がしっかりしてても
あっち(桐山)はノーガードだった!!



『充がどうして「桐山」になったのか、俺が説明する』



説明なんぞせんでええっつーの!!

止めろ、頼むから止めてくれ。土下座して頼むから勘弁して。(それは止しときなさい)

究極にピンチだよ俺。
奴はカミングアウトする気だ。

止めなきゃ、それだけは絶対に阻止しなければ。


こうなったら多少手荒だが、
桐山を殴ってでも黙らせるしか手はない。(物騒)

喧嘩じゃ絶対適わないのは知ってるけど、時間稼ぎくらいにはなるはずだ。

その隙に桐山をここから連れ出そう。


『充が桐山姓になったのは勿論俺が関係している。実は・・・』


興味津々に、クラス中の連中が桐山の発言に耳を傾けている。

もう一刻の猶予もない。俺は桐山向かって突進した。


『許せボス!俺の名誉のために
沈んでくれ!!


桐山が言葉を止めて俺の方を見た。俺はその顔目掛けて右拳を振り上げる。

ひょいと頭を横にずらされて、俺の渾身の一撃はかわされ、そのまま腕を掴まれた。

すかさず左手を繰り出すが、これも避けらた上に絡め取られた。


『充、何の真似だ?』

『ボスのほうこそ、どういうつもりだよッ!!説明なんかすんな馬鹿!!』


両腕を塞がれたが、俺は怯まなかった。

今度は頭突きをしようとしたのだが、上体を反らされかわされる。






拳を交えることでしかお互いを理解できない悲しき男たち。

果たして彼等に未来はあるのか!?

想像を凌駕する力と力のぶつかり合いに、今、世界が震撼する!

次回、「うちに来るかい?7〜死闘・羅刹編〜」

乞うご期待!!


(注※大嘘です)






なんだか妙な間が入ったような気がするが、この際忘れよう。
(我ながら強引です)

俺は攻撃の手を休めなかった。手が使えないなら足を使うだけのことだ。

鳩尾に膝蹴りを決めようと思い、右足を振り上げた途端、

体を支えている左足に足払いを食らった。


バランスを崩して倒れそうになった俺の体を、桐山が腕を引いて支えた。


・・・完敗だ。

正直ショックだった。俺は一対一の喧嘩なら負けたことなんてなかった。

勿論桐山に勝てるとは思っていなかったけれど、一矢報いるくらいは可能だと思っていたのに。

初めて闘って解った、桐山は本当に強い。俺なんかじゃ全然歯が立たないんだ。

俺もう、
真っ白に燃え尽きちまったよ・・・。(明●のジョー)


『・・・なんか桐山と沼井がケンカしてるぞ』

『勇ましいなー』


呆然と一部始終を見ているギャラリーの間から、そんな声が聞こえる。

勇ましくもなんともない。これは
夫婦喧嘩だからな。

桐山はがっくりと項垂れている俺を立たせると、顔を近づけて小さな声で言った。


『心配するな、本当のことは言わない。上手く誤魔化すから黙って聞いていろ』

『・・・え・・・?』


どうやら桐山は俺たちが結婚したと発表するつもりではないらしい。

上手く誤魔化すとか言っていたけど、いったいどんな説明をするつもりなんだろう。

すっと顔を上げて、桐山は周りの人間に向き直ると口を開いた。


『話を中断してしまったな。
充は腹を空かして気が立っているんだ


なんかさらりと聞き捨てならないこと言ってるんですけど。

俺は獣か?
野獣か?猛獣か?(猛犬注意)

あんまりな言い様に腹が立ったが、さっき桐山に言われた通り、俺は黙って聞くことにした。

皆の動揺が収まったのを確認すると、桐山は静かに語りだす。


『事の起こりは、俺と充が初めて出会った二年前にまで遡る。

あれは──雨の降る三月の夕暮れ時だった』


少し顔を上向かせ、桐山は遠くを見るような目をした。

──おお、すげぇ。演技入ってるよボス。言ってることはデタラメだけど。

普段殆ど喋らない桐山がすらすらと話をしているのが珍しいのか、

それとも話の内容に興味があるのか、クラスの連中は桐山の発言に聞き入っている。


『道を歩いているのは俺ひとりきりだった。そこで俺は、か細い鳴き声を耳にしたんだ。

鳴き声のするほうに視線を向けると、電信柱の影になる格好で、ダンボールが置いてある。

中を覗き込むとそこに、
充がいた




ンガーーーーーーーーー




待て。
待て待て待て!

か細い鳴き声を上げてダンボールに入ってる
俺はいったい何者だ?

だいたい俺の苗字が変わった理由を説明するんじゃなかったのか?

今の話で説明がつくとは到底思えない。きっとクラスの連中も面食らっているはずだ。



『なんかドラマチックな出会いだなぁ』

『それで、桐山くんはどうしたの?』


こいつらあっさり受け流してるんですけど・・・。
(驚愕)

しかも真剣な眼差しで合いの手入れてるし。


『雨に濡れて震える姿が不憫だったので、俺は充を家に持ち帰った・・・・・











※プライバシー保護の為、画像を一部加工してあります。

(こんなん大真面目に描いてる自分が嫌です)










・・・しかし両親は充を見て捨ててこいと言ったんだ、うちでは飼えないと。

けれど俺にはそんなことは出来なかった。それでつい最近まで、親には秘密で充をこっそり飼っていたんだ』


俺お持ち帰りされてるし。こっそり飼われてるし。

つーか、イメージ画像だよおかしいよ。

それ
明らかに人間じゃないだろう?(あらバレちゃった?)


思考能力がまともに働かなくなってきた俺を他所に、桐山の大演説は淡々と続いた。


『・・・それが数日前、とうとう親に見つかってしまったんだが、両親は長いこと俺が充の世話を

していたのに心を打たれて、充を飼うことを許してくれた。これでもう、充は立派な桐山家の一員だ。

・・・そういう経緯で、充は「桐山」姓を名乗ることになったという訳だ』


ツッコミどころ満載でどこから突っ込んでいいのか解らん。

こんな話を真に受ける奴がいたとしたら、そいつは
相当の阿呆だ。


『・・・だから沼井くん苗字が変わったのね・・・』

『良かったな桐山、お前の努力が報われて』
(感涙)

『桐山くんて、実は優しいんだぁ♪』


3年B組、
阿呆ばっかりです。

今更のように気づいたが、俺の周りには常識人がひとりもいない。

俺は孤独だ。(アナタも充分非常識人)


打ちひしがれている俺に向かって、クラスの連中は慈愛の篭った瞳で、良かったね、などと声を掛けてゆく。


・・・・・良くない。全然良くない・・・・・。(激ブルー)


霞む視界の中で
(←半泣き?)隣に立っている桐山の体が、ついと俺に近づく。

桐山は俺に顔を寄せると、周りに聞こえないように耳元でこう言った。


完璧だな(どーん)

『何が完璧だよ!ひとのこと
ペット扱いしやがって!俺の名誉を返せ!!

『ペット?そんなことはひと言も言ってないだろう?』
(自覚無し)


チョームカツク。グーで殴りたいコイツ。(コラコラ)


ふつふつと込み上げてくる怒りに俺が全身を震わせていると、

桐山は制服の内側から本のような物を取り出した。


『これのお陰でクラスの人間を上手く騙せたんだ』

『・・・はあ?』


俺は桐山に差し出されたその本を手に取る。

薄っぺらい作りで、本というよりは卒業文集みたいな感じだった。

表紙に目を落とすと、そこにはこう↓書かれていた。





〜愛の軌跡〜

脚本/桐山パパ&ママ

出演/桐山和雄・充





・・・これではっきりした。
あのふたりは俺の敵だ。(義理の親に何てことを・・・)

改めて嫁姑(&舅)の確執の根深さを俺が痛感していると、授業開始のチャイムが鳴り始めた。

ざわついている教室の中、クラスの人間がガタガタと席に着く音が聞こえる。

俺は何だか脱力してしまって、崩れ落ちるようにして椅子に腰を降ろすと机に突っ伏した。


桐山と俺が結婚してから初登校の一日は、こうして大混乱のうちに始まったのだった。















(続く)・・・次回は「うちへ来るかい?7〜死闘・羅刹編〜」です。(だから嘘だっての)



三ヶ月振りの更新。(遅い遅い遅すぎる)
またもや
鬱陶しいくらい無駄に長いです。
毎度お付き合い下さってる方有難う御座います。
・・・もう好い加減ネタも気力も尽きてきました・・・いやマジで。

でもって今回、絵描き兼字書きの特性を活かして、挿絵付き。


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