| 近くへ |
風の強い、四月の午後。 日差しも大分暖かくなって、過ごしやすい。 その分、無意味に眠気が襲ってきたりするのだけど。 俺は屋上のフェンスに手を付いて、校庭に咲く、満開の桜を眺めていた。 女じゃあるまいし、花に興味がある訳じゃないけど。 桜は、素直に綺麗だと思う。 花びらが風に乗って、ひらひら舞っている。 雪みたいだ。 ああ、だから、『桜吹雪』って言うんだな。 なるほど。 突然、後ろに立っていた桐山に背中から抱き締められた。 乱暴な動作ではなかったけど、いきなりだったので少し驚いた。 『何?ボス?』 『何を見ている?』 『桜だよ、今ちょうど満開だろ?だからさ』 『桜・・・』 そう呟いて、桐山は俺の後頭部に唇を押し当てた。 ちょっと焦った。 この状況、校庭から丸見えなんだけど。 誰かに見られたらどうすんの? まぁ、でも。 誰もいないみたいだし、いいか。 『充が、遠い』 不意に、耳の直ぐ近くで、桐山はそんな言葉を口にした。 俺を抱き締めたまま。 その言葉に俺は、心臓を鷲掴みされたような感覚を覚えた。 なんで? なんでそんなこと言うんだよ。 こんなに近くにいるのに。 目の奥がじんと、熱くなった。 視界が桜色に滲む。 胸が苦しい。 こうして時折、桐山が吐き出す言葉は、俺にとって理解出来ないものばかりだった。 それがもどかしく、悔しい。 何を思って桐山が、『遠い』と言ったのか、俺にはわからない。 それでも。 桐山の言う、『遠い』を、『近い』に変えればいいだけのことだと、俺は思った。 身を捩って、桐山の方へ体を向ける。 静かな瞳が、俺を見ていた。 『遠くなんかないよ』 そう言って。 自分から桐山に、キスをした。 直ぐに、体ごとフェンスに押さえつけられて、深く口付けられる。 それでもまだ、桐山は心の中で、『充が遠い』と思うのだった。 近くへ。 もっと、近くへ。 あなたの、一番近くへ。 あなたの隣にいさせて欲しい。 ああ。 いっそ。 あなたとひとつに、なれたなら。 雪のように散る桜を背景に、キスを交わしながら、二人とも同じことを願った。 |
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