楽しいこと







時々、意地悪をしてみたくなる。

ふと、そんな衝動に駆られる。

酷い言葉を浴びせたあとの、傷ついたアイツの顔が好き。

綺麗な顔が、苦しそうに歪むのを見るのが好き。

アイツのそんな表情を目にするたび。

心がとても、満たされる。









部活も終わり、皆が帰った部室には、俺と飯島の二人きり。

闇色に染まった外の世界に反して、無機質な蛍光灯の明かりは、

俺たちの姿を映し出していた。

飯島は、ロッカーの鏡を見ながら乱れた長い髪を整えている。

鏡越しに目が合った。

直ぐに視線を逸らされて、それを面白くないと思う。

生意気だ、と思った。

音を立てないように近づいて、背後からその体に腕を回す。


『・・・なんだよ、三村。暑っ苦しいだろ』


目線だけをこちらに向けて、飯島は言った。

飯島の抗議を無視して、腰に回した腕に力を込め引き寄せる。

息を呑んだのが、気配でわかった。

密着した体から伝わってくる鼓動が、さっきより速度を増している。

視界の端に映る飯島の耳が、ほんのりと赤く染まっていた。


驚いた?

嬉しい?

興奮してる?


思った以上にウブな反応に、笑いが込み上げてくる。

しかし、ここで笑ったらいい雰囲気がぶち壊しだ。

俺は込み上げてくる笑いを、喉の奥で噛み殺した。

長い髪に鼻先を突っ込んで、息を吸う。

飯島の匂いがした。


『・・・あーあ、汗臭い』

『当たり前だろ。部活で大汗かいてんだからさ・・・』

『じゃあ訂正。男臭い。女の子だったらもっとイイ香りがすんのにな。がっかり』


俺の言葉に、飯島は少しだけ眉を顰めた。

普段、明るい表情ばかり形作る顔に、微かな影が落ちる。


なぁ、知ってる?

お前のその顔、凄くいい。

下品に笑ってるよか、その方がずっと。

ずっと、色っぽい。


けれど直ぐに、飯島はいつもの顔に戻ってしまう。


『男なんだから男臭くて当然。嫌なら離れろよ』


うんざりした声色と共に、飯島は体を捩った。

折角、滅多に拝めない綺麗な顔を鑑賞していたと言うのに。

そんな味気ない顔を見たって、面白くも何ともない。

俺が見たいのは、それじゃない。

逃れようとする体を押さえつけて、シャツの内側に手を差し込む。

掌に直接、素肌が触れた。


『ちょっ・・・、おい!止めろって、変態!』

『止めない』


その言葉を無視して、そのまま、薄く筋肉が付いた腹部に指を這わせる。

指に吸い付くような、汗をかいた後の肌の感触が心地好い。

脇腹を撫で上げると、飯島の体がぶるっと震えた。


『・・・ほん、とに・・・やだってば・・・』

『・・・ふぅん。じゃあ、『止めてクダサイ』って言えば、止めてやってもイイぜ?』

『・・・・・・・・!』


黙り込んだ。下唇を噛むのが見える。

構わず、俺は飯島の腰に回していた腕を移動させ、ズボンのベルトに手を掛けた。

飯島は慌てて、俺の手を上から掴むと、動きを阻もうとする。


『どうした?早く言わないと最後までやっちゃうぜ』


言いながら、俺は間近にある飯島の首筋に歯を立てた。

それに反応して、飯島は短い吐息を漏らす。

俺の手を押さえつけていた力が萎えたので、その隙にベルトを緩めてしまう。

そのままズボンの内側の掌を差し入れると、弾かれたように飯島が頭を上げた。


『・・・三村っ・・・!馬鹿・・・止めろよ!!』

『ん?『止めて下さい』だろ?』

『・・・この、やろっ・・・!』

『言いたくなきゃ別にそれでもいいんだぜ。俺はどっちでも構わないし』


飯島は項垂れた。長い黒髪がさらさらと滑り落ち、苦しげな横顔を覆うように隠した。

肩が小刻みに揺れて、触れ合った俺の体越しにもそれが伝わる。



『・・・止めて下さい・・・』



搾り出すような声が、耳に届いた。

俺は満足して、約束通り、飯島の体から腕を引いた。

俯いたまま、力なく崩れ落ちそうになる飯島の体ごと、ロッカーに押さえつける。

ガンと、金属を打つ音が室内に響いた。

肩に手を掛け、こちらを向かせる。

落ちた前髪の隙間から飯島の瞳が覗いて、視線がかち合った。


その目は、静かに燃えているようで、本気で怒っているのだと知れた。


──楽しい。


血流が急速に早まり、気分が高揚する。

噛み付くように、俺は飯島に口付けた。

飯島はもう、無抵抗だった。



『好きだぜ』



ゆっくり唇を離しながらそう言うと。

飯島は泣きそうな顔をした。


『俺、お前が何考えてるんだか、全然解んない・・・』


そう呟いた飯島に。

俺は口の端を上げ、笑って見せた。
















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