| ただ、それだけのこと |
良く表情の変わる奴だった。 くるくると、器用に。 それはとても自然に。 怒っている(らしい)顔。 悔しがっている(らしい)顔。 つまらなそうにしている(らしい)顔。 それと。 笑っている、顔。 皆と落ち合う取り決めをしていた島の南端に行くと、金井泉(女子五番)が、居た。 俺の姿を見るなり、叫び声を上げて逃げようとしたので、とりあえず金井を捕まえた。 でも。 これから、どうすればよいのか解らなかったので、コインで決める事にした。 コインが表なら、坂持を倒す。 裏なら、このゲームに乗る。 支給された武器(細身のナイフだった)を持ったまま、片手でコインを投げる。 放物線をえがいて、コインは宙を舞った。 ぱし、と音を立て、左手の甲でそれを受けると同時に、右手をその上に重ねる。 押さえた右手を開くと、月明かりにキラリと硬質のコインが光った。 『・・・・・裏だ』 これで、どうするのかは決まった。 がくがく震えながら岩場にへたりこんでいる金井に視線を移す。 右手をそちらに向けると、手にしたナイフが、先ほどのコインと同じように、 月明かりに反射して鈍く光った。 後から合流した黒長は、金井の死体を目にして、俺に銃を向けた。 発砲されるのは拙い、場所が他の人間に解ってしまう。 俺は素早く後ろに回りこむと、喉(動脈の位置だ)に刃をあてがい、強く引いた。 返り血を浴びるのも良くない。 これからゲームを進めるのに、血の匂いをさせているわけにはいかない。 風上にたった時、匂いで相手に気付かれる。 続いてやって来た笹川も、同じ反応で、同じ結果だった。 三人に支給された武器や水を手に入れてから、岩壁に立つ。 大量に流れた血液の匂いが風に巻き上げられ鼻についたが、気にはならない。 俺は待つ。 必ずここに来るだろうもうひとり(月岡は多分来ない)の男を。 暫くすると、その男、沼井充は現れた。 『充』 俺がそう声を掛けると、一瞬びくっと全身を強張らせたが、振り返って俺の姿を確認すると 安堵(したらしい)表情を浮かべ『ボス』と一言言った。 しかし、俺の足元に転がっている三つの死体を目にして、再度表情が硬くなる。 『俺を殺そうとしたんだよ。黒長も──笹川も。だから俺が──やったんだ』 震えて調子はずれに発せられた充の問いに、俺はそう答えた。 嘘は、言っていない。 充は意味のない問いかけを続ける。 それに対して俺は首を振った。 何故ならもう、決まったことだから。 どうするかは、コインが決めた。 俺はそれに従うまで。 ただ、それだけのこと。 『俺には、時々、何が正しいのかよくわからなくなるよ』 そう、俺にはわからないことばかり。 『今回もそうだ。俺にはわからない』 それでも、選ばなくてはいけないから。 『だから、コインで決めた。表が出たら坂持と戦う、そして──』 そこまで言うと、充の表情がさっと変わった。 今まで一度も目にしたことのない、顔に。 ああ、お前は。 そんな顔も出来るんだな。 ただ、俺は、その表情がどんな種類のものなのか、わからなかった。 でもその顔は、充が悲しい(らしい)時にするそれに、少し、似ていた。 充の指が、手にした銃に力を込めるのが見て取れたので、その銃口が上がるより早く、 俺は右手にあるサブマシンガンの引き金を引いた。 ぱららら、と乾いた音を立て、弾丸が充の身体に命中し、充の動きが止まった。 『裏が出たら、このゲームに乗ると──』 その言葉がまるで合図であったように、俺がそう言い終えると、充は前のめりに倒れた。 手にしたイングラムの銃口を見遣ると、薄闇を縫うように、白い煙がに立ち上っていた。 暫くその場に座り、これからゲームを進めるにあたっての策などを考えていたが、 おおよその考えが纏まったので、俺はその場を離れるべく、腰を上げた。 一所に留まっているのは、得策ではない。 先ほどの銃声も他の人間に聞かれているはずだ。 ふと、間近にある一体の屍に視線が行った。 屈み込んで、左の指先で触れる。 『・・・・・充』 名前を呼んでみるが、勿論返事はない。(当然だ。相手は死体だ) 何時もだったら、笑顔で『なんだ、ボス?』と返して来るはずの顔は、虚空を見据えたまま どこか虚ろな表情を浮かべ、固まっている。 変化に富んだ表情は、そこにはもうない。 良く表情の変わる奴だった。 くるくると、器用に。 それはとても自然に。 怒っている(らしい)顔。 悔しがっている(らしい)顔。 つまらなそうにしている(らしい)顔。 それと。 笑っている、顔。 そんな充の表情を眺めるのは、悪くなかった。 でも、もう。それは出来ない。 ほんの少し、少しだけ。撃たなければ良かったと、思った。 しかし、立ち上がってその場を後にする頃にはもう、そんな考えも、思考の隅を流れて、消えた。 彼──桐山和雄は、残された四つの骸になど、一度も振り返らず、その姿は闇の向こうに掻き消えた。 |
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