| 曝れ首 |
曝れ首:【されこうべ】─【名】 『雨や風に曝されて、肉のなくなった頭蓋骨。しゃれこうべ。』 ──現代語辞典より。 記憶と言うものは、いつまでも鮮明なまま残すことなど出来ない。 時が経つ程に色褪せ、忘れて行く。 ならば。 忘れ去られた記憶は、どこへ行くのだろう。 どこへ、消えてしまうのだろう。 金井と、黒長と、笹川。 それと、充を殺してから、暫くその場に留まった。 銃に弾丸を装填し。 これからのことを考えて。 そろそろ、この場所を立ち去ろうと思った。 足元に視線を落とすと。 充の死体。 不意に、思った。 『ここを去る前に、充の何かを、持って行きたい』 と。 暫く考えた末。 握られたままの銃を、彼の手の中から、奪った。 先程、他の三人の武器も、同じように手に入れた。 だから、これでいい。 充からも、これで、いい。 そう思ったのに。 何かが、引っかかった。 日下と北野を殺した。 二人の死体を見ていたら、充のことを思い出した。 記憶の中の充は、笑っていた。 笑って、『ボス』と言った。 何度も見た、光景だ。 今更。 どうして。 月岡を殺した。 首輪は、時間きっかりに爆発した。 腕時計に目を遣ると、また、充のことを思い出した。 記憶の中の充は、笑っていた。 でも。 声が聞こえなかった。 口元は、『ボス』と動いたのに、声は聞こえなかった。 別に、どうでもいいことだ。 織田を殺した。 死体を検めてみると、防弾チョッキを着ていた。 学生服の下にそれを着込んで、銃も手に入れた。 弾丸の数を確認していると、また、充のことを思い出した。 記憶の中の充は、笑っていた。 しかし。 思い出した光景には色が無かった。 まるでモノクロームのように、色が抜けて、白黒だった。 声も、聞こえない。 妙な具合だ。 どうだっていいけれど。 瀬戸と三村を殺した。 爆発音に暫く聴覚が麻痺していたが、それも正常に戻った。 使える武器がないか、周辺を見回す。 三村の死体。瀬戸の死体。飯島の死体。 そして。 充のことを、思い出した。 まただ。 殺す度毎に、思い出す。 記憶の中の充は、今度は、笑っていなかった。 音も無い、モノクロームの世界で。 充は、何の表情もなく、俺を見ていた。 充。 怒っているのか? 相馬を殺した。 中々倒れなかったので、それまでより多く弾を消費した。 相馬の手から離れ、地面に転がっていた銃を回収する。 直ぐ近くに、杉村と琴弾の死体もあった。 二人の武器も手に入れる。 そうして、また充のことを思い出した。 記憶の中の充は。 充には、顔が無かった。 ぼんやりと霞んで、顔がよく見えない。 音も無く、白黒で、姿形もはっきりしなかった。 もう、充が、どんな表情をしているのかもわからない。 それで俺は、気づいた。 俺の中で、『沼井充』の記憶が、劣化していることに。 彼の声を忘れた。 彼の色彩を忘れた。 彼の笑顔を忘れた。 彼の面立ちを忘れた。 彼の、殆ど全てを。 忘れていた。 もう、思い出せない。 ベルトに挟んである、充から奪った銃を取り出す。 それを握りながら、彼の記憶を手繰り寄せようとした。 無駄だった。 こんな銃ひとつでは、思い出せない。 あの時。 島の南端から立ち去る時。 何かが引っかかったのは、このせいだったのだと、思った。 銃などでは無く、もっと別の物を持って来るべきだったのだ。 記憶が消えないような、何かを。 そう。 充を。 充自身を、持ち去るべきだった。 全身では大きすぎるから、せめて頭だけでも。 少々手間でも、切り落として、持って来るべきだった。 そうしたら、彼を忘れることも無かった。 たとえ腐って、骨だけになっても。 その頭蓋骨に触れ、口付けたなら。 きっと、全てを思い出せたろうに。 ああ、惜しいことをした。 もう、遅いけれど。 稲田を殺した。 振り返りもせず、小枝を整える作業を続けた。 記憶の中の充はもう。 ノイズ画面のようになって、人の形であることすら、判別出来なかった。 どんどん、忘れて行く。 頭さえ。 充の頭蓋骨さえ、あれば。 七原と中川と、川田を追う。 (妙な取り合わせだ) この三人を殺したら、俺はきっと。 充の全てを忘れる。 跡形も無く、記憶の中から消えて。 『沼井充』と言う、単語だけが残るのだろう。 三人を追い詰めた。 流石に、簡単には仕留められない。 ショットガンを腹に食らった。 防弾チョッキの上からでも、相当な衝撃が来た。 でもまだ、終わりじゃない。 俺は、死んでいない。 起き上がって。 川田を撃った。 命中した。 また忘れてしまうな。 中川が俺に銃を向けている姿を、視界の端で捉えた。 ばん、と音がして。 俺は撃たれた。 桐山の世界が、暗転した。 脳の片隅、僅かに残る沼井充の記憶を抱いたまま、桐山和雄は絶命した。 ゲームは終了。 廃棄物処理業者が、方々に散らばる生徒の屍をトラックの荷台に積み上げて行く。 折り重なる死体の中。 頭部の上半分を消失し、辛うじて残った桐山和雄の唇が、その下にある、薄茶色の髪をした少年の額に、 まるで口付けているかのように触れていたことなど、誰も気づかない。 誰も、知らない。 |
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