| 今日という日をただ生きる |
気がついたら三年になっていた。 青々と茂った芝生の上へ仰向けになりながら、 淡い水色の空を見上げている充は、そんなことを思った。 中学に上がったのが、ついこの間のことのような気がするのだ。 今日までの二年と少しは、本当にあっと言う間に過ぎてしまった。 その理由を、充はなんとなく解っている。 幸せだったからだ。 嬉しかったり楽しかったりする時間は短く感じる。 そして、悲しかったり辛かったりする時間は、反対に長く感じるものなのだ。 小学校の六年間は、嫌になるほど長かった。 退屈だった。いつも、何でもいいから何か起こらないかと思っていた気がする。 そんな生活が変わったのは── そこまで考えた処で、草を踏む音と共に近付いてくる気配に、充は目線を上向かせる。 「ボス」 寝転がった自分を見下ろしている桐山を見つけて、充は笑顔を浮かべた。 太陽を背にしているせいで逆光になり、彼がどんな顔をしているのか知るのは不可能だったが、 どうせいつもと変わらない無表情なのだろう。 充の頭の上方に立っていた桐山が、地面の上に膝をついた。 間近で自分を覗き込んでくる顔は矢張り無機質で、けれども充がそれに何かを思うことはもうない。 桐山のほつれた前髪が風に泳いでいる。 「空ばかり見ている」 そう言わればそうかもしれないと、桐山の言葉に充は思った。 屋根のない場所にいる時は、空を眺めていることが多い気がする。 学校の屋上でも、こうして土手に寝転がっている今も。 「空、好きなのかも」 「そうか」 言ってから桐山は静かに目を閉じる。 そうして気紛れのような口付けを、充の額に落とした。 桐山の瞼がゆっくりと開いてゆく様子にぼんやりと見入っていた充だが、 不意に正気に戻ると耳まで赤くなった。 気恥ずかしくてじっとしていられない。 それを誤魔化すようにわざと乱暴に体を起こしたものの、未だに顔は赤いままで。 こんな風に接されると、どうしていいのか解らなくなる。 何故か、普通にキスをするより照れるのだ。 何となく桐山を睨み付けてみたが、彼はただ小首を傾げただけだった。 「嫌だったのか?」 「──〜〜ッ、」 そう問うてきた桐山に、充は言葉を詰まらせる。 嫌じゃない。嫌な訳がないのだ。 しかし、心の内をそのまま口に出来るほど、充は素直ではなかった。 「・・・教えない」 呟くように言って、充は立ち上がる。 それから膝をついたままの桐山に向かい、無造作に腕を伸ばした。 14歳の充には、これが精一杯。 何も言わず、桐山は差し出されたその手を取る。 重なる掌の温かさだけで伝わる想いがあることなど、幼いふたりはまだ知らない。 見慣れた街の向こうに、陽が沈もうとしている。 さっきまで充が見上げていた水色の空は、西の方から徐々に赤く染まりつつあった。 川辺を後にした充と桐山は、前に長く伸びる自分たちの影を見ながら並んで歩く。 暫くそうして歩き続けると、どちらともなく足を止めた。 普段は余り通らない道だったが、ここで別れるとお互いが解っていたからだ。 だらだらと別れを引き延ばすようなことが、充は好きではない。 桐山もそういう素振りを見せたことはないので、その点に関しては同じなのだろう。 しかし、考えていることとは裏腹に、立ち止まった二人の間に短い沈黙が降りる。 何だか居た堪れなくなって、充が口を開こうとした瞬間、それを見計らったように、 桐山が先に言葉を紡いだ。 「さよなら、充」 充は少し驚いて、桐山の顔をまじまじと見詰める。 いつも別れを切り出すのは充の方からだったので、桐山に先手を取られたのが意外だったのだ。 けれど、偶にはこういうのもいいかもしれないと思う。 「うん、また明日な」 充が笑顔でそう返すと、桐山は背を向けて歩き始める。 遠ざかる後姿が曲がり角の向こうに消えるのを待って、充は踵を返した。 また、明日。 そういえば明日は、修学旅行だ。 |
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