殺し文句







生温い風が吹くようになってきた。

マフラーや手袋はもう必要ない。コートだって、昼間には暑苦しくて邪魔なくらいだ。


公園のベンチに腰を下ろし、隣に座る桐山相手に、ぽつぽつと途切れ途切れの会話をする。

俺はだらしなく足を投げ出しているが、桐山は姿勢よくきちんと座っている。

足組んだりしたほうが、絶対カッコイイと思うんだけどな。

そう思ってはみたものの、口には出さずにいた。


桐山に向けていた視線を前に戻して、公園内をぼんやりと眺める。

夕方の園内は案外混み合っていた。

スーパーの買い物袋を下げたまま、立ち話をしているオバさんたちに、元気よく駆け回っている子供。

俺たちの座っているベンチの真正面、水飲み場を挟んだ向こうのベンチにも、

高校生らしいカップルが、笑い合って何か喋っている。


何気なく見ていただけだったが、女の顔に一瞬目を止めた。

特別美少女って訳じゃなかったけど、下がり気味の目尻が愛らしく、可愛いと思った。

俺は、雰囲気が柔らかい感じの女の子が好きだ。自分の性格がキツイから、

正反対の子がいいのかもしれないが、実際のところはよく解らない。


そこまで考えて、はたと気づく。

桐山には、好みのタイプとかあるんだろうか。

・・・というか、女に興味があるのか?今まで桐山にその手の話をされた憶えは一切ない。

もしかして、女に興味はなくて、男にしか興味がないとか・・・。

(俺と桐山はなんつーかその、男同士で色々としていたりするし)

それがいけないという訳じゃないけど、勿体ない気がする。

これはちょっと訊いてみる価値がありそうだと思った。


『・・・あのさ、ボス。そこのベンチに座ってる女だけど、どう思う?』

『・・・どう、とは?』

『あー、だから、見てどう思うか感想を聞かせて欲しいんだけど』

『高松東高校の生徒のようだな』


何だその味気ない返答は。

俺の訊き方が遠回しすぎたのかと思い、今度はもっとストレートな言い回しにすることにした。


『ちょっと可愛いなーって、俺は思うんだけど、ボスはどう?』

『・・・俺は、可愛いとか綺麗だとか、そういうことはよく解らない』


その答えを聞いて気抜けする。

桐山は、毎日自分の綺麗な顔を見ているせいで、美的感覚が麻痺しているのかもしれない。

とりあえず、彼にとって顔の良し悪しは全く問題になっていないということが解った。


『ボスは好みのタイプとか、ねぇの?』


出来るだけさりげなく言ったつもりだったけど、少し声が上擦ってしまった。

今更だが、どうして俺はこんなことを訊いているんだろうと思う。

知ったところで、何が変わるもんでもないし、本当は訊かないほうが良いんじゃないだろうか。


『考えたことがないな』


素っ気なく言って、桐山は何もない空間を見た。

そうか、と俺は思う。

桐山は、女とか男とか関係なく、全部に興味がないんだ。

全く気づかなかった訳じゃないけど、少し寂しい。

やっぱり訊かないほうが良かった。


それきり桐山は唇を結んで、ぼんやりと何か考えごとをしているように目を伏せていた。

俺も同じように黙り込んだ。続ける言葉が見付からなかったし、何かを言う気にもなれなかった。

悲しみとは違う、諦めのような気持ち。

地面に視線を落として、自分の靴先を見ていると聞こえてくる、楽しそうな笑い声。

今はそれが、耳に鬱陶しい。


『帰ろっか』


立ち上がり、無理に作った笑顔を桐山に向ける。

桐山は頷きもせず、ただ黙って腰を上げると、俺の隣に並んで歩き出した。










『考えてみたんだが』


公園を出る間際に、桐山が突然口を開いた。

桐山から話し掛けてくるのは珍しい。何を言うつもりなんだろうと、次の発言に注意しつつ、

俺は顔をそちらに向けたけれど、桐山は前を向いたままだったので、彼の横顔が視界に映る。


『考えたって、何を?』

『充だと思うんだ』

『俺?俺がなんだって?』

『好みのタイプ』


驚きのあまり呆けていた俺は、危うく電信柱に激突するところだった。

何とか体勢を立て直し、俺を驚かせた張本人を見たが、相変わらず前を向いたまま、

顔色ひとつ変えていない。

混乱した頭を整理しようと、俺は思考を巡らせた。

とりあえず落ち着かないと。

暑くもないのに、汗が噴き出してきたような気がする。


『あはは。なにそれ?新手の冗談か何かか?』


努めて明るく、笑い混じりにそう返したのだが、進行方向を向いていた桐山の首がくるりと回り、

お馴染みの無表情が俺を見た。

考えの読めない真っ黒な瞳と視線がかち合って、俺は思わず固まってしまう。


『嘘を言ったと思っているんだな』

『・・・だって、嘘臭ぇもん』


まるきり俺の心を読んだかのような物言いに、知らず気持ちが怯んだ。

嘘だと思ったことを、桐山に咎められる謂れはないと思う。

疑ってしまうような態度や言葉を、いつも俺に放って寄越す癖に。


『正しい答えなのか、俺も確証は持てない。けれど、嘘を言ったとも思わない』

『・・・何でそう言い切れるんだよ・・・?』


『俺は、お前を見ていると欲情するんだ』


再び硬直。

そして絶句。


『つまりは、そういうことじゃないのか?』


とんでもないことを言い放ったあと、首を傾げて桐山は訊いてくる。

投げられた台詞を思い出し、頭がくらくらした。

顔が火照る。動悸が加速する。

激しい感情の波の正体は、多分──恥ずかしいのと、怒っているのと、

それと、悔しいし癪だけど、嬉しいのが少し。


『顔が赤いぞ』

『!!?』


駄目押しの言葉とともに伸ばされた腕を振り払って、俺は桐山に背を向けた。

そのまま逃げるように歩きだす。


鈍感。馬鹿。

誰のせいで赤くなったと思ってんだ。

いっつも冷たくて突き放してばかりいるのに、こういうのは狡い。

こういうのは、慣れてないから苦手だ。


ずんずんと前を歩いてゆく充の後姿を目で追いながら、

自分の出した答えは、多分間違っていないと、桐山は思っていた。






















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