| 子守唄 |
俺がその歌を最初に聴いたのは、夏だった。 秋也と二人、学校から慈恵館に帰る途中で、夕立に遭った。 空が暗くなると同時に降りだした雨は、あっという間にどしゃ降りになった。 俺と秋也は、雨脚を避けるために、近くにある神社の境内に逃げ込む。 二人とも、傘を持っていなかったのだ。 『いきなり降って来たなぁ。あーあ、濡れちゃったよ』 『俺も。シャツが肌に貼り付いてキモチ悪い・・・』 『・・・凄い雨だな、どうする?秋也』 『夕立だろ?その内止むだろうから、それまで待ってよう』 雨は、中々止まなかった。 取り留めのない会話をしていたが、何時の間にか二人とも、黙り込んでいた。 それを気まずいとは思わない。 俺と秋也は、そうした沈黙もお互いに許し合える間柄になっていたから。 それはとても素敵なことだと思う。 隣に座っている秋也が、不意に、歌を唄い始めた。 小さな声で、穏やかに。 その歌は、俺が初めて聴く歌で、聴き覚えのないメロディだった。 聴き慣れた秋也の歌声が、聴き覚えのない歌を唄う。 雨音を縫うように、それは何だか頼りなく、俺の耳に届く。 そのメロディに耳を傾けながら、俺は軒先から落ちる雨の雫を見ていた。 歌は、まだ続いていた。 『それ、何て歌?』と聞こうとしたところで、秋也の歌声は途切れてしまった。 雨が、止んでいた。 秋也は腰を上げると、『行こうか』と、俺に笑い掛けた。 結局、俺はそれが何と言う歌だったのか、聞けなかった。 二度目にその歌を聴いたのは、冬だった。 二人で映画を見に行ったその帰り道のバスの中で、秋也がまた、あの歌を口ずさんだ。 俺はまた、それを黙って聴いていた。 一度だけ耳にしたその音階が何だか懐かしくて、心地好く鼓膜に響いた。 音楽のことは俺には良くわからないけれど。 穏やかで静かなメロディが、好きだと思った。 歌を唄う秋也が何だか、大人びて見えた。 歌の題名を聞こうとして、俺が口を開き掛けると、また、秋也の歌声は途切れてしまった。 俺はまた、それが何と言う歌だったのか、聞けなかった。 三度目にその歌を聴いたのは─── 撃たれた、と思った。 体の何箇所かに強く叩かれたような衝撃が走って、後ろに吹っ飛んだ。 体が熱い。 痛いと言うより、熱かった。 それも次第になくなって、感覚すら消えて行った。 俺、死ぬんだな。 これが、死。 怖い。 淋しい。 俺、俺今ひとりぼっちだよ。 嫌だ、死ぬのは。 嫌だ。 霞む意識の下で、俺の耳にあのメロディが届いた。 穏やかで、静かなあの歌が。 ああ、秋也。 俺のために、歌ってくれてるんだね? ありがとう。 嬉しいよ。 もう、怖くない。 もう、淋しくない。 もう──ひとりぼっちじゃない。 酷く、落ち着く。 結局俺、その歌が何て題名なのか聞けなかった。 知りたかったな。 素敵な歌だったから。 とても好きな歌だったから。 でも。 もう。 さよならだ。 秋也。 ありがとう。 歌が、途切れた。 その時、七原秋也は、歌など唄ってはいなかった。 それでも、慶時の耳には、確かに聞こえていたのだ。 彼が絶命する最後の時まで、ずっと。 まるで、子守唄のように。 |
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