| 心の唄 |
俺たちはまた、授業をサボって、屋上でタバコをふかしていた。 相変わらず会話はない。 桐山から話し掛けてくることは稀だったし、俺も話をしないとなれば必然的に無言と言うことになる。 そんなのは慣れっこで、別に気まずいと思うわけではないのだけれど。 却ってこのほうが心地好かったりする。 不意に、銜えていたタバコを、桐山が地面に押し付けて消した。 そうして俺に向き直ると、俺が口にしていたタバコを取り上げ、ポイと投げ捨てた。 『何だよ、勿体ねぇじゃんか』 軽く睨みつけてやったが、桐山は勿論それに動じることなく、無表情のまま言った。 『邪魔になるんだ』 『何の?』と問おうとした口を、そのまま塞がれてしまう。 まただよ。 また、キスされた。 どう言うつもりなんだよ?アンタ。 この間俺のこと、『よくわからない』とか言っときながら、よくこんな真似出来るよな。 軽々しくキスなんかすんじゃねえよ。 好きでもないクセしてさ。 もういっぺん、殴ってやろうか? 嫌になるくらい長い口付けから開放されて、瞼を開けると、間近に桐山の顔。 いつ見ても、整った綺麗な顔だ。 長い睫毛が頬に影を落として、そこから覗く瞳はまるでガラス球みたいに透き通っている。 すっと伸びた鼻筋に、形の好い唇。 何だか、頭に来るくらい、イイ男だ。 『充』 そう名前を呼ばれてから、またキスされた。 だから、キスなんかすんなってば。 嫌なんだよ、もう、こんなの。 苦しい。痛い。 ひとの気も知らないで、好き放題しやがって。 馬鹿。 ボスの大馬鹿野郎。 薄く目を開けると、やっぱりそこには酷く綺麗な顔があって。 もう、どうでも良くなった。 地面に投げ出していた両腕を伸ばして、桐山の背中に回す。 応えるように、桐山も俺の腰を抱き返してきた。 ちくしょう。 悔しいけど、好きだ。 俺。 どうしようもなく。 こいつが好きだ。 キスなんてしないで。 期待させないで。 苦しめないで。 突き墜として。 全部浚って。 何も、考えられなくさせて。 抱き合ってキスをしている間ずっと、俺は心の中で、『好きだ』と繰り返していた。 馬鹿みてぇだな、俺。 ひとりよがりで、俺だけ。 俺だけなのに。 馬鹿みてぇ。 唇を離すと、桐山はゆっくりと瞬きをした。 そんな些細な仕草にまで、心が騒ぐ。 目の前にある、生っ白い首筋に浮かぶ青みがかった血管まで、綺麗だと。 俺はもう、変になっちまった。 救いようもないくらい。 『・・・責任取れよ』 桐山の胸元に額を押し付けながら、そう呟いた。 取れよ、責任。 こんなに俺を変にしといて。 こんなに好きにさせといて。 『・・・責任?』 『アンタのせいで俺、おかしくなっちまった』 『・・・俺の・・・?』 『そうだよ、どうしてくれんだ』 夢なんて見させないで。 騙すなら。 最後まで。 『俺は・・・どうすればいい?』 俺の目を覗きこんで、桐山はそう訊いた。 『もっと俺のこと、大事にしろ』 思い切ってそう言ってみた。 桐山は何かを考え込んでいるようだったが、暫く経つと、こう返して来た。 『・・・・・努力する』 「努力する」ときましたか。 せいぜいして頂きましょう。その努力ってヤツを。 そのくらいして貰ったって、バチは当たらないだろ? 当然だよ。 俺、心も体もアンタに捧げてんだぜ? だからせめて。 淋しい思いなんてさせないで。 それから随分長い間、ただ黙ってお互いの身体に凭れ合っていたが、不意に桐山が口を開いた。 『充』 返事をするのも億劫だったので、俺は黙って次の言葉を待っていた。 『お前のことを、好きになりたい』 一瞬自分の耳を疑った。 それでも、確かにその声は桐山のもので。 『・・・でも、どうしたらいいのかわからないんだ』 何なんだよ、今更。 馬鹿じゃねえの? そんなこと言うなんて、反則だ。 だってそんな台詞、ボスには似合わないよ。 ずるい。 ずるいって。 何だか。 泣きそう。 もう、遅かった。 気付いたら俺は泣いていて。 桐山の腕の中で、声を押し殺して泣いた。 嬉しいのか。 哀しいのか。 自分でもわからない。 ただ。 その言葉に。 涙が出た。 『大事にしろと言われたばかりなのに、また泣かせてしまったな・・・』 泣いている俺を見て、桐山はそう言った。 俺は首を振ってそれを否定する。 『違う。これはそう言うんじゃねぇんだ・・・』 『・・・じゃあ、どうして泣くんだ?』 俺にもよくわからない。 でも、多分。 『ボスが好きで堪まんないから、泣くんだ』 俺の言葉を聞いてから、桐山は独り言のように、『そうか』と呟いて。 それから。 言った。 『充を好きになりたい。お前のために、泣いてみたい』 耳に届いた桐山の言葉に、押し殺していた声をもう、我慢出来なくなって、声を上げて俺は泣いた。 キスなんてしないで。(嘘ならば) 期待させないで。(裏切るなら) 苦しめないで。(抱き締めるなら) 突き墜として。(奈落の底まで) 全部浚って。(骨の欠片まで) 何も、考えられなくさせて。(それがいいわ) 夢なんて見させないで。(叶わないなら) 淋しい思いなんてさせないで。(見捨てるなら) 何も、考えられなくさせて。(それがいいの) 騙すなら。 最後まで。 せめて。 最後まで。 |
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