| 北極星 |
いつか、気が遠くなるほどに時間を重ねたなら。 君は僕の北極星に成り得ただろうか。 絶望的に、遠くても。 それを不可能な事だと、言ったりしないで。 疲労している。 闇に包まれた林の中、茂みに隠れ体を休めていた。 浅い眠りと覚醒を繰り返す。 完全に眠ることはしない。 睡む意識の中で、夢を見た。 意味のない夢を。 マシンガンが火を吹いた。 白と赤の小さな火花が、濃紺の闇の中を飛び交う。 俺の右手の人差し指は、イングラムの引き金にしっかりと掛かっていた。 目の前で立っていた人間がすっと視界の中から消えると、足元でどさりと音がした。 視線を下に持ってゆくと。 充が倒れていた。 ここは、島の南端。 このゲームが始まって直ぐに向かった、あの場所だ。 ああ、俺は今夢を見ているのだなと、ぼんやり思う。 充の体の下から、じわじわと血溜りが広がってゆく。 うつ伏せに倒れた充に近寄ると、まだ微かに息をしていた。 本当なら即死だろう。 でもこれは、夢だから。 肩に手を掛けて、その体を仰向かせる。 覗き込んだ充の目は虚ろで、俺の姿も何も、見えてはいないようだった。 抱き起こした拍子に充が小さく一度咳き込んで、口の端から筋を描くように流れ出た血が、顎まで伝った。 蒼褪めた肌に流れる鮮血。 月明かりが微弱な今夜でも尚、その血ははっきりと赤かった。 喉元に伝う血液に口を寄せて、舐め取るように舌を這わせる。 口の中に広がる馴染みのない味、充の血の味。 流れた血の跡を舌先で辿って、そのまま充の唇に口付けた。 上唇を緩く噛むと、充が小さく息を吐く。 瞼を閉じることなく覗き込んだ充の瞳からは、急速に光が失われてゆく処だった。 弱弱しく揺れていたその光は、口付けの途中で途絶えて消えた。 充は、夢の中でも死んだ。 唇を離し、もう一度充の目を覗くと、硝子球のようになったその瞳が再度光を宿していた。 いつも目にしていた光とは、明らかに違うそれ。 充の瞳は、空に浮かぶ天体を反射して光っていたのだ。 眼球に映る、青白い輝き。 ──この光はきっと、北極星だ。 何の根拠もなく、俺はそう思う。 また、キスをした。 半開きのまま動かない唇の間に、舌を滑り込ませる。 半開きのまま動かない瞳に、青白い北極星が映っている。 遠い未来。 北の十字になったであろう、僕の星。 離れないと約束してくれた、君。 左耳に嵌ったピアスごと、その耳を噛んだ。 鎖骨に歯を立てて、きつく吸う。 首筋に顔を埋めると、良く知っている充の匂いがした。 まだ、充はここにいる。 血まみれで、所々破れているシャツをたくし上げる。 穴の空いた充の体に、口付けを落としてゆく。 体を抱き寄せると、力の抜けた充の腕がだらりと前後に揺れた。 その手を取って、手首の内側にキスをした。 背中を抱いた掌が、ぬるりとした血液で赤く濡れる。 熱を帯び始める自分の体とは反対に、冷たくなってゆく充の体。 血の通っていない掌をきつく握り締めて、肌を合わせる。 揺れる思考と体と。 北極星を見上げる充。 深く口付けて充の瞳を見詰めると。 星灯りが映るはずのその目には、黒い黒い闇が広がっていた。 光が消え失せて、闇色になった瞳がそこにはあった。 何もない。 空を見上げると。 雲が月も星も隠していた。 北極星は消えていた。 そう、いつか。 腕に充を抱いたまま、俺は気付いた。 もう、充はここにはいない。 冷たくなったこの体は、確かに、『沼井充』のものなのに。 二度と彼には会えないのだと知った。 気が遠くなるほどに、時間を重ねたなら。 僕は君と。 同じ気持ちになれたのだろうか。 あの星空に浮かぶ、ベガのように。 『充』 開いたままだった充の瞼を閉じさせた。 もう二度とあの星が映らないように。 『さよなら』 そんな言葉が口を吐いて出た。 鳥の羽ばたきの音で、俺は覚醒する。 軽く頭を振って、周囲を見回した。 特に異常は見られない。 腕時計に目を遣ると、最後に時刻を確認した時から、10分も経っていなかった。 夢を見た。 充と、その瞳に映る星の夢を。 空を見上げると。 木々の間から北極星が覗けて見えた。 |
| Back |