| 花とくちづけ |
綺麗な花と、綺麗なくちづけ。 あなたなら、どちらが欲しいの? 学校の帰り道で、前を歩いていた母子連れ(だろうと思われる)に目が止まった。 母親に手を引かれて歩く幼い少女は、道端に咲く小さな白い花に興味が有るらしく、 そちらの方ばかり見ていた。 それに気付いた母親が、『どうしたの?』と少女に問い掛ける。 『ママ見て、このお花キレイ』 『あら、本当。可愛いお花ねぇ』 少女に笑い掛けると、母親はその花を一輪摘み取った。 そうして、少女の右側頭部の髪に、白い花をそっと挿した。 花の髪飾りを付けた少女は、とても嬉しそうに笑って、しきりに、『似合う?』と 繰り返し母親に訊いていた。 俺はその一部始終を、足を止めて眺めていた。 【綺麗】だとか、【可愛い】だとか、俺には良くわからない。 花ひとつ貰うだけで、そんなに嬉しいものなのだろうか。 中学に上がってからは、俺は学校に行っても、そのまま真っ直ぐ家に帰ると言う事が殆ど無い。 今日もアジト(充達がそう呼んでいるので、俺もそう呼ぶ事にした)に寄って、 笹川がテレビゲームをしている姿を眺めたり、充の話を聞いたりして、時間を潰した。 解散した後外に出ると、既に辺りは闇に包まれていて、すっかり暗くなっていた。 充と二人、並んで歩く。 静まり返った住宅街の道に、足音だけが響いている。 隣を歩いている充が吸っているタバコの灯りだけが、夜目にも目立って見えた。 切れ掛けた街灯が不規則に点滅を繰り返して、その下に咲く小さな白い花の姿を、俺の目に映した。 立ち止まって、俺はそれに視線を投じる。 『・・・ボス、どうかした?』 『・・・花が』 俺の視線を辿るように、充もそちらの方を見た。 『意外だなぁ。ボス、花に興味あんの?』 問いかけには応えないで、俺は目の前にある花を、一輪手折った。 街灯の灯りに照らされて、手の中の小さな花は、白く発光しているようにも見える。 俺は、それをそのまま充に差し出した。 充がどんな反応をするのか、興味があった。 ただ、それだけだった。 あの母親が少女に渡した花とは違う種類だが、支障は無いだろう。 『・・・・・何、コレ?』 目の前に掲げられた白い花と俺の顔を交互に見て、充は言った。 『お前にやる』 『・・・はぁ?』 大きく開いた充の口からタバコが落ちて、火の点いたままのそれが、アスファルトの上に転がる。 充は呆気に取られた顔をして、それから、ゲラゲラと大声で笑い始めた。 予想外の反応だ。 確かに、花を贈られたあの少女は笑ったが、こうも大笑いはしていなかった。 けれど、【笑っている】と言う事は、矢張り嬉しいのだろうか。 わからない。 『あはははは!・・・花!?俺に花!?』 文字通り、充は腹を抱えて笑った。 暫く笑って、漸く笑いが収まった処で、息を切らせながら充は顔を上げた。 俺を見上げた充の目には、長い事笑っていたせいで、涙まで滲んでいる。 『あー、笑った笑った。・・・いやぁ、相変わらずボスのやる事って読めねぇよ、俺』 『どうしてそんなに笑うんだ?』 『だって、俺に花寄越すなんて、これが笑わずにいられますか。もう、可笑しくって』 『・・・可笑しい?』 『可笑しいよ。・・・あのさ、ボス。男に花なんてやっても、喜ぶヤツは居ないぜ』 口の端を上げて、差し出した俺の手と花ごと、充はつき返した。 行き場を失った手の中の花を、俺は見詰めた。 どうやら充は、気に入らなかったようだ。 受け取り手の無くなった花の処遇を考えていると、白い花と自分の手だけを映していた 視界の中に、充の掌が唐突に侵入して来た。 充が俺の手を包むように掴んだからだ。 視線を上げると、充は何故だか困ったような顔をして俺を見ていた。 『・・・カッコ悪ぃから、ソレは受け取れないけど・・・ちょっと嬉しかったよ。』 『・・・・・』 『でもさ。俺は、花なんかより・・・』 充の顔が近づいて、唇に柔らかな感触が訪れる。 その温かさを確かめる間もなく、それは直ぐに離れて行った。 『・・・こっちの方が、ずっと嬉しい』 そうして笑った充の笑顔は。 あの少女の笑顔と、とても似ていて。 俺はひとつ学習した。 充には、花よりくちづけを。 憶えておこう。 それから充は、俺の手から花を奪い取って、あの母親がしたように、それを俺の髪に挿した。 俺の姿を見て、また充は大笑いしながら、『似合う』と言った。 綺麗な花と、綺麗なくちづけ。 あなたなら、どちらが欲しいですか? |
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