駄目じゃなくなる日







それは、とても寒い日のことでした。

とても寒いその日の夜に、ひとりの少年が、大切な物を失いました。

そして失くした物の代わりに、同じくらい大切な物を手に入れました。


少年が失くした『大切な物』は、二度と戻って来ません。

少年が新しく手に入れた『大切な物』は、ずっと彼の物です。


それは、幸せなこと?

それとも、不幸なこと?


少年には、その答えがわかりません。










ちょうど一週間前、俺は秋也から、『慶時とエッチしたい』と言われた。

結局俺は、秋也の申し出を突っぱねたんだけど。

でも秋也となら、してもいいって思った。

だから俺、『今は駄目だけど、いつかはいいよ』って秋也に言ったんだ。

それから毎日、お休みのキスをした後、秋也は無言で俺に聞いてくる。


キスをして唇を離すと、秋也は俺の目を覗き込んでから、ちょっと首を傾げて見せる。

口に出す訳じゃないけど、『してもいい?』って聞いてるんだと、直ぐわかった。

俺は秋也と合わせている視線を、すっと逸らす。

つまりは、『NO』って意味だ。

俺がそうすると、秋也はこつんと俺の胸元に額を乗せてから、ぐりぐり押し付け来る。

なんだよ、拗ねてんの?

秋也ってこう言うとこ、結構子供っぽいよな。

ちょっと可愛いなんて、思ったりして。


そんな無言のやりとりが一週間、毎晩続いた。


秋也、そんなに俺としたいのかなぁ?

ちゃんと聞いた訳じゃないけど、秋也は俺を、『抱きたい』んだと思う。

だとしたら俺、秋也に抱かれんの?男なのに?

それってやっぱ、何か変。

俺、男なのにさ。

なんか、情けなくない?

俺だって、男なのにさ。

何だか、自分が女の子みたいに変わってしまう気がして、凄く、怖い。

俺は秋也に『抱かれたい』の?

ああもう、良くわかんない。

秋也とエッチしたら、わかるのかな?

わかるのかも、しれない。

だから俺、決めた。





今日もまた、いつもみたいにキスの後、秋也は俺の目を覗き込んで来る。

俺は、目を合わせたまま、ちょっと笑った。

つまりは、『OK』の意味だ。

秋也は目をぱちくりさせて、暫く俺の顔をじっと見てたけど、いきなり。


『うっそ!!マジ!?』


と、叫んだ。

秋也ってば、ゲンキンだなぁ、凄い喜びよう。

まるでエディ(慈恵館で飼ってる犬)が散歩用の引き綱を見た時みたい。

嬉しそうにしている秋也を見て、俺も少し嬉しくなった。

それから秋也は急に真面目な顔になって、言った。


『途中でやっぱり駄目とか言っても、俺知らないからな』

『そんなこと、言わない。男に二言はナシだ』


強がってそう言ったけど、やっぱり不安だった。

だって俺、こんなことするの初めてだもん。(それは秋也も同じなんだけど)

改めて秋也と向き直ると、ドキドキして、心臓が爆発しそうだった。

ゆっくりと秋也の顔が近づいて、『目、閉じろよ』と少し笑われた。


その後にされたキスは、いつものとは全然違ってた。

下唇を軽く噛まれたり、舌を絡められたり、口の中で色んなことされた。

俺はそんなことされながら、秋也はなんでこんなやり方知ってるんだろうとか、思ってた。

キスしてるだけなのに、臍の下辺りがじんじん疼いて、身体が熱い。

何だか、気持ちいい。

薄く目を開けると、秋也の閉じた瞼が直ぐそこにあって、俺はじっとそれを見ていた。





睫毛、長いな。

凄く、綺麗。

凄く、かっこいい。

秋也って、やっぱりかっこいいな。

モテるもんね、秋也。

なぁ、秋也。

俺で、良かったの?

俺なんかで、良かったの?

どうして、俺を選んだの?

秋也。





とてもじゃないけど、口に出せないような恥ずかしいことを、いっぱいされた。

自分でも触らないようなとこまで触られて。

それなのに、気持ちよくて、そんな自分が情けなくなる。

ホント、男として、情けない。


平たい俺の胸にキスを繰り返していた秋也が、伸び上がって俺と視線を合わせた。


『・・・・・慶時・・・』


秋也が何を言いたいのかわかったから、俺は黙って頷いた。





いいよ、秋也の好きにして。

俺の全部、秋也にあげる。

だから。

秋也も、秋也の全部、俺にくれよな。

あげるだけなんて、嫌だ。

貰うばっかりでも、嫌だ。

二人で分かち合って、それで。

それで。

幸せに、なりたい。





痛い。

熱い。

苦しい。

狂って、しまいそう。





俺が『怖い』って言ったら、秋也は手を繋いでくれた。

その手を握り返したら、ちょっとだけ、安心した。





昔のことを、思い出した。

ずっと前、まだ俺たちが小学生だった頃。

秋也は俺に言った。

『慶時は友達で、そんでもって、家族だ』

って。

俺は秋也のその言葉が、凄く嬉しかった。

でもさ。


友達とは、こんなことしない。

家族とも、こんなことしない。


それでもやっぱり、俺たちはずっと友達で、家族なんだろう。


友達だけと、友達じゃない。

家族だけど、家族じゃない。


もう、前と同じには、なれない。

なれないんだ。

そう思うと、哀しかった。

嬉しかった。

秋也が大好きだって、思った。





結局、よくわからないまま、気が付いたら終わっていた。

瞼の裏がちかちかして、何だか身体が妙に気だるい。

額に口付けをされて、俺はゆっくりと目を開いた。

目の前に秋也の顔があって、秋也は微笑んでいた。


『すっげー、良かった』


バカ。そう言うこと言うか?フツー。


『俺は、凄く痛かった』

『あ、やっぱ痛かった?そのうち慣れるよ、十回くらいすれば』

『・・・十回もすんの?こんなこと』

『当たり前だろー、俺たちもう『恋人』なんだぜ』


秋也はそう言うと、満足そうに笑った。

俺は思った。

そうか、俺と秋也は、『恋人』になったんだ。

そりゃそうだよな、こんなことしてんだもん。

友達だけど、恋人。

家族だけど、恋人。

そう言うのも、あるのかな?


その日から、『友達』、『家族』だけだった俺と秋也の関係に、『恋人』が追加された。










それは、とても寒い日のことでした。

とても寒いその日の夜に、ひとりの少年が、大切な物を失いました。

そして失くした物の代わりに、同じくらい大切な物を手に入れました。


少年が失くした『大切な物』は、二度と戻って来ません。

少年が新しく手に入れた『大切な物』は、ずっと彼の物です。


それは、幸せなこと?

それとも、不幸なこと?



少年には、答えがわかりません。


けれど、少年は笑っています。

だからきっと、それが答えなのでしょう。

















Back