| 不器用少年 |
それはある、晴れた日の昼休み。 沼井充は、桐山和雄と二人で、昼食をとっていた。 充は、学食の焼きそばパン(定番だ。学校の焼きそばパンは美味いと相場が決まっている) に噛り付いて、牛乳でそれを胃の中へ押し流していた。 隣の桐山はと言うと、コンビニ弁当か何かを、静かに黙々と食べている。無表情で。 (ボスって、物食べる時ちゃんと味わって食べてんのかな?) 普段から、どんなことがあろうと、眉ひとつ動かさない桐山に、そんなことを思った。 『・・・・・なんだ?』 じっと見ていた充の視線に気付いたのか、桐山は顔を上げると、そう言った。 今更、『弁当美味い?』などと聞くのは何だか馬鹿らしいし、恥ずかしい。 だから適当に『別に、なんでもない』と答えておいた。 しかし、自分を見ていた切れ長で吊り目がちな桐山の瞳が、すうっと、 細められたのを見て、内心充は驚いた。 桐山は、表情に色の付く人間ではない。 目を細めただけであって、今だって紛れもなく無表情なのだが、それでも、その顔に 変化が起こること自体が豪く稀な男なのだ。 『充、お前──』 (な、なんだなんだなんだ!?俺なんかマズイこと言った!!?) 『な、何?』 『歯に青のりが付いてる』 全くの無表情で、桐山は言った。 充は一気に脱力した。 (アオノリ!?何だ、青のりか。あー、吃驚したぁ) しかし、『歯に青のりが付いている』と言う事態に、直ぐ思考が正常に戻った。 (ああクソ!焼きそばパン食って歯に青のり付けるなんて、お約束過ぎるぜ、俺) 『うっわー、かっこ悪ィ。このまま気付かなかったら大恥じかくとこだったぜ。ありがと、ボス』 『・・・いや』 とりあえず指で前歯の辺りを探ってみるが、それらしき手ごたえはなかった。 しかし、取れているかも知れないので、歯を見せるように口を押し広げて桐山の方へ顔を向け、聞いた。 『取れた?』 『いや』 しかし即返ってきた答えに、充は眉をしかめた。 『ああ、クソ。俺手鏡なんて持ち歩いてねぇし。ヅキ(月岡彰の愛称だ。いつもつるんでるグループの ひとりで、暇さえあれば鏡を見て、自分の姿を確認している)がいればなー』 『・・・・・そんなに気になるか?』 『そりゃ気になるって。青のりくっつけた不良なんてシャレになんないぜ?ボスだって嫌だろ? 歯に青のりなんか付いてたら』 充がそう言うと、桐山は少し考えてから、『別に・・・』と答えた。 その言葉に、充は自分の耳を少し疑った。 歯にのり付けてる桐山なんて、はっきり言って、可笑しすぎる。 充はその姿を想像して、少し吹き出した。 『・・・なにが可笑しい?』 『あ、いや。悪ィ。なんか想像しちまってさ。ははは』 『ボスの歯に青のり』がツボに嵌ってしまい、暫く笑い続けていた充に、桐山は、つと身体を寄せてきた。 『そんなに気になるなら、取ってやる』 その言葉に充が顔を上げた直後、桐山の整った顔が目前に迫っていて、驚いて声を 上げるより早く、ひやりと冷たい感触が唇に降ってきた。 冷たいと感じたそれが桐山の唇と言うことを知って、そして自分が今キスをされているのだと、気付いた。 心底驚いて、充は目を剥いた。 間近にある桐山を見ると、眼を開いたまま、じっと自分を見ている。 上唇に、生暖かい物体が触れ、薄く開いた唇の間にそれが──桐山の舌が侵入して、 確かめるようにゆっくりと、歯列を辿り出す。 ぞくぞくと、背筋を何かが走った。 呆然と、桐山の目を見ながら、充の頭の中は真っ白になっていた。 前歯のところで舌の動きが止まり、すっと上下にそこをなぞってから、唇が離れた。 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 漸く唇を開放された後も、充は呆けて桐山の顔を見ていた。 桐山はそんな充を見、『取れた』とひとこと、無表情で言うと、充の目前で薄く口を開いた。 唇と唇の間、ちらりと覗いた舌先に、緑色の青のりがひとつ、乗っていた。 『!!!?』 それを見て一気に正気に戻った充は、みるみる内に、これでもかと言うほど真っ赤なる。 『あ、あ、あ、ありがと』 『・・・いや』 どもりながらも何とか礼を言ったが、充の頭の中は大混乱中だった。 (──な、なんだったんだ、今の!? 幾らなんでも、あんな取り方しなくたって。 やっぱりボスって、変わってる!!) ちらと桐山を覗き見ると、普段となんら変わることなく、食べ途中だった弁当の残りを口に運んでいた。 何時もと少しだけ違った、昼休み。 何時もと変わらない無表情の桐山の隣で、沼井充はずっと、授業開始のチャイムが鳴るまで、 どきどきしっぱなしだった。 ある晴れた日の、お話。 |
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