| 牡丹燈篭 |
『俺は時々、自分がヒトではないのじゃないかと思うんだ』 真っ直ぐ前を向いたままで、あなたはそう言った。 牡丹燈篭が闇夜に揺れている。 ゆらーり、ゆらーり。 閉ざされた扉の向こうで、その灯火が止まる。 障子戸越しに、くっきりとあの姿が浮かび上がった。 『ここを開けて下さい・・・』 ガタガタと扉が軋む。 燈篭が、牡丹燈篭が揺れている。 許してくれ。 許してくれ。 許してくれ。 そう祈りながら、私は自分の耳を塞いだ。 それは、恋なんかじゃなかった。 始まりは、何の前触れもなく突然訪れて。 俺はその日、彼に全てを奪われた。 それから。 『充』 何度も名前を呼ばれて。 何度も求められて。 馬鹿な俺は、勘違いをした。 彼は自分を、好いてくれているのだと。 だから俺は、彼に全てを捧げた。 それが俺に出来る、唯一のことに思えたから。 『好きだ』 彼が発したその言葉は。 記号か何かを口にしたような、その口調は。 あまりにも空々しく。 がらがらと音を立て、俺の中で何かが崩れ落ちていった。 只のひとりよがりで。 結局俺は、何も手に入れてはいなかったんだ。 酷い男。 もう、ひと欠片だって、あんたに何もやるもんか。 閉ざした俺の心の向こう側。 黙ってあなたは立っていた。 何も知らないあなたは。 不躾に。 遠慮なしに。 冷たい唇を俺に押し付けて。 肌の温もりを求め続けた。 無駄だよ。 俺はここから出て行かない。 あんたの気紛れに振り回されるのは懲り懲りだ。 もう、俺のことは放っておいてくれ。 ところが、ある日。 黙ってそこに立っているだけだったあなたが。 錠をした扉を、カタカタと鳴らした。 戸に手をかけて、あなたは言った。 『お前のことを、好きになりたい』 その言葉に俺が希望を持ってしまうのは、愚かなのだろうか。 閉じ込めても、押さえられない想い。 好きになってくれんの? 愛してくれる? 真っ暗だった扉の向こうが、明るく感じられて。 俺は、彼に会うため、閉じた心を押し開けた。 つくづく、俺と言う人間は馬鹿だった。 そこにはあなたがいて── 明るいと思ったその光は、暖かな太陽のそれでなく、冷ややかな月光だった。 開け放った扉の向こうはまだ。 闇夜のままだった。 白く浮かび上がる満月を背に、あなたは俺を待っていた。 差し伸べられた手を、望んで俺は取る。 『俺は時々、自分がヒトではないのじゃないかと思うんだ』 ヒトではないあなたと辿り着く先は、一体どこ? どこだっていい。 そこまで俺を連れて行ってくれ。 扉を開いてしまった俺にはもう── それだけが、唯一の願いなんです。 物の怪と逢瀬を繰り返した男は。 あちらの世界に連れて行かれた。 揺れている。 ゆらゆらと。 牡丹燈篭が揺れている。 牡丹灯篭という怪談をもとにした話です。 |
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